それから、衣服(パジャマや下着)などの交換に、毎日通う。
洗濯物の量は少ないし、病院でするには、
けっこうお金と時間がかかった。
もちろん、保険適用外。
↑ここ重要
この頃は、父の仕事の手伝いをしたり、
在宅でできるお小遣い稼ぎをしていた私。
きっと、母のことがあったから、アドレナリンが出ていたのだと思う。
仕事・家のことを済ませてから、母の病院へいく。
家から離れたところにある病院。
父が、あまりお見舞いに来たがらなかった理由は、
母から聞いた。
私が産まれる前、そして生まれてからも、
ずっと可愛がってくれた、ケンおじさん。
通称:タニさん。
そのおじさんが、闘病の末亡くなった病院だったからだ。
だから、父はその病棟や、
母の部屋の場所を、とても気にしていた。
「あっちの方の病室は、あまり行きたくない・・・」
母は、術後すぐは、ナースステーションすぐ近くの部屋。
容体が落ち着いたので、他の4人部屋へ移動した。
術後の痛みは、少しあるようだが、
睡眠がとれなくなったのが心配だった。
入院生活は、周りの人に気を使ったりして、
夜眠られないことはあるが、
日中も眠くならなくて、昼寝もしないという。
私の入院生活は、具合が悪すぎた時以外は、
終始寝ていたかった。
飲食より、衛生面より、睡眠。
ただ、母は、気のせいか、麻酔をして
手術をしてから、全く眠くならなくなったという。
薬を服用してる私は、
正直、飲まなくてもいい薬なら、
飲んでほしくなかった。
↑依存性や、それに頼らなければならないことを知っている為。
ただ、睡眠薬ではなく、睡眠導入剤といって、
睡眠への時間を短くするためのものがあるので、
飲み合わせの問題ないものを、
一番少ない量で、処方してもらうことにした。
眠らなければ、体力も気力も回復しないので。
そうして、術後の入院生活をスタートした。
