先日、2016年3/2に愛猫が亡くなった。17歳だった。

2011年からの慢性腎不全に始まり、2014年5月にはリンパ腫により手術&抗癌剤治療開始。

それが終えたその年の11月に高血圧症による網膜剥離を起こしていたが、角膜炎と重なり診断が遅れ失明。

16歳にして盲目になってしまった。

しかしリンパ腫再発なく穏やかな日々を過ごし2015年。

年末より食思にムラあり、風邪かと思われ治療していたも、治りが遅く外注検査施行、膵炎発覚。

とにかく尽くせる手は全て尽くしたが、3/2、仕事から帰ると亡くなっていた。



彼女が亡くなる数日前、エンジェルアンサーオラクルカードを引いた。

「彼女は生きたいと願っていますか?」

オラクルカードの答えは

「No」

と実にはっきりしたものだった。

しかし私はリアリストなので(矛盾してますが)オラクルカードを無視し、諦めず手を尽くした。



亡くなる1週間位前に、寝る前に願った。

「どうか彼女の気持ちを教えて下さい」

と。


その時見た夢は不思議な夢だった。


うどん屋か何かのガラスのショーケースに、白や七色の美しい烏(カラス)が沢山閉じ込められており、子猫が何故か一匹紛れていた。

店主の青年は

「烏たちは神の使いだから」

と有難がって保護していた。

しかし私はなんだか悲しくなり、どんなに珍しかろうとも開放してやらねばならないのではないか、と思った。

しかし青年はそれが正しいと思い、一生懸命店の繁栄を願ってうどんを捏ねていた。



そんな夢。



夢占いでは烏は身内の不幸などを象徴する。



統括して考えると、彼女は旅立つ準備は出来て、お迎えも来てたのだな。

それを私が引き止めていた。

うどん屋の青年は私の象徴。

お迎えの遣いを閉じ込め、いつもの日常を営んでいた。

そうすればいつまでも平和に過ごせると思っていた。


この夢は彼女の気持ち、というか、私への警告に近いかな。


結局、私はずっと閉じ込めておけなかった訳だが。



しかし後悔はしていない。

看取れなかった事だけは不本意だが、また私が足掻くのが目に見えたから、私がいない隙に旅立ったのだろうと、今は自分を納得させている。




たしかに現実的にも、行動や様子から、彼女が逝こうとしているのは分かっていた。

だが私はリアリストなので、そんななんとなくの予感に従うつもりは毛頭ない。

抗う。最後まで。出来ること全て、する。

私が後悔しないために。

これがうちの子になった猫の宿命、運が悪かったね、しつこい飼い主で。

でも誰よりも何よりも愛は注いだつもりだから、どうかそれでチャラにしてね。


嫌でなければまた会おう。


それまで私は、目の前に助けを必要とする猫が居れば救い続けるよ。

迷惑な位、諦め悪く、ね。










しかし猫が居ない生活は中学生以来。

私はこの子のお蔭で、今まで独りではなかったのだと思い知らされた。