これまで6回に渡り
私が文化交流でつまづいた話を
連載して参りました。
今回は最終回。
私が今、
海外で日本の事を伝えるにあたり
何が必要と思うか
体験から
自分なりに学んできた事について
書いて参ります☺️
🍀 🍀 🍀
①理解したい人なのか、
そうでないかを見極める
相手が日本が好きという場合、
「日本を知りたい」のか
「日本を知っている自分」が好きなのかは
見極めが必要です。
後者なら、関わらなくていい。
そういう方は、
私との交流は求めていません☺️
もうひとつ、別のパターンで。
日本に興味のない方は、
日本の話題を振って来て下さったとしても
話した内容をあまり覚えていません。
日本人相手に、親切心から
ただ歓談するために
日本のネタを振って下さってるけど
実際は興味ないし
覚えていないという事も多々あるのです。
お酒が入ったり
年齢的に記憶力が落ちたりもしますから😅
文化交流というより
素直に会話を楽しめばオッケーです。
②全部を伝えようと頑張らない
百聞は一見にしかず、という諺通り。
全部を言葉だけで正しく伝えようなんて、
まず無理です😅
アウェイで伝えられることは
ほんの一握り。
その一握りを
どんな目的と心で伝えるかの方が
意外と大事かなって思います。
③ 相手の文化の例を持ち出す
結構有効なのが、これ。
以前、ピアノの先生に
道の精神をお伝えするにあたり
「ピアノを弾こうと思ったら
ピアノを弾くための『道』が
現れますよね」
って申し上げたのは
実はこれが理由です。
プロの音楽家として
音楽を希求なさる方なら
洋の東西は違えど
同じ問題にぶつかり
その方々なりに
乗り越えてきたものがあるはず。
「道の精神とはこれこれこういうもの」
っていう一般的な概念の説明より
相手の経験に合わせてお伝えする事で
その方もグッと
身近に感じて頂けます。
「武道の演武は笑顔でやらない」も、
その事実だけ説明しようとするより
西洋の伝統武術を例に出したら
一発で伝わりました。
相手の知っている例を持ち出す事で
伝わりやすくなります。
④文脈違いを理解する
例えば
クジラ漁の是非で
意外にコミュニケーションエラーになるのが
「そういう西洋人だって
狐狩りとかしてるじゃん」
っていう日本人の言い分です。
「いや、狐狩りは
こうこうこういう理由で
やっても良いんだ」
って正当化する答えが外国人から来て
「なんなの、この人」
って呆れてものが言えなくなる。
という話をよく聞きます。
「自分だってやってるじゃん、
人のこと言う前に
まず自分の問題を見直しなさい」
っていうのは
日本で比較的よく通じる論法です。
一方で、私が見聞きした欧米の方は
「その問題自体が是なのか非なのか」と
論点そのものを議論するようです。
だから、日本の論法を持ち込んじゃうと
通じません。
かといって言葉尻の
どちらが正しくどちらが間違いか
っていうやり取りは
相手の文化を
こちらの文化の価値観で
ジャッジしたり否定したり
という流れになりがちです。
相手を言い負かす事が目的の人もいます💦
議論が一種の文化になっていて、
そのための教育も受けているのですが、
建設的な論戦ができるかは別、という印象です。
これだと、
良い「交流」や「相互理解」には
ならないんですね。
相手の論戦に巻き込まれず
自分が何を大事にしたいのかを
丁寧に誠実に伝えていく必要があります。
🍀
自分の文化と相手の文化を
鏡合わせのように見ていくと、
相手の文化を知ることで
自分の文化についても改めて気づきを得て
お互いの理解を豊かにし合う
ことができます。
それが、
互いの文化に敬意を持ち
双方が豊かになる交流なのかなって
思っております。
以上、長い連載になりましたが
お読み下さり、
どうもありがとうございました😊
読んでくださり、ありがとうございます🌼
