はじめに。
今日は猫ブログではありません。
また、長文ですので、ご了承ください。
私は香港中文大學で2年ほど学んでいました。
学校の敷地内をバスが走っているほど広大で、地元香港のみならず、世界各地からの学生も学んでいるという素晴らしい環境でした。
どれぐらい広いかというと…。
↑ネットより拝借。
昨日、空からの写真を見つけ、改めてびっくりでした。
何故香港に留学したのかとよく聞かれます。
それは、ひとつの出会いがあったからなのです。
ある日見ていた番組で紹介された、香港を代表するバンドであるBeyond。
彼らのことが大好きになってから、私は香港という場所に興味をもつようになりました。
日本でも活躍しようと進出した彼らは、ウッチャンナンチャンのやるならやらねばに出演。
その収録の際、杜撰な安全管理体制のせいで、ボーカルの黃家駒はセットから転落し、20日間の意識不明の後、1993年6月30日にこの世を去りました。
学校に行くフリをして搬送先である東京女子医科大学病院の前で仲間と鶴を折ったりしていたのを今でも思い出します。
取るものも取りあえず駆けつけた香港人ファンも多く、一緒に近隣の安い宿を探してあげたりしたものです。
家駒の愛した香港をもっと知ろうと多くの本を読み漁り、卒業論文は「香港の移民ブーム」にしました。
過去の歴史の中での移民は「郷里で食い詰めたため、新天地を求めて」ということが多かったですが、香港は真逆で、「金銭的に豊かな人間がまっさきに移民をした」のです。
しかも移民は祖国→移民先という一方通行が普通でしたが、香港人移民は移民先の市民権を得ると香港に戻ってくるという新しい動きをしたことも注目すべき点でした。
香港熱はどんどん高まり、返還を目前にした香港に身を置きたい、何かを感じたいと思うようになり、留学を決意。
一つのバンドとの出会いが私の人生においてここまでの影響を及ぼすとは、驚きでした。
黃家駒が亡くなって26年。
今ごろはどんなおじさんになっていたでしょう。
これから先も年を取ることのない彼の歌声を聞くと、自然と涙がこぼれます。
Beyondを代表するこの曲「海闊天空」は私の宝物です。
2014年の雨傘革命の際、学生たちが高らかに歌っているのを見てその場にへたりこみました。
言葉に出来ない感情が一気に押し寄せ、泣き崩れてしまったのです。
原諒我這一生不羈放縱愛自由 (自由を追い続ける僕を許してほしい)
也會怕有一天會跌倒 (いつかつまづき倒れてしまうこともあるだろう)
背棄了理想 誰人都可以 (夢を捨てることは 誰にだってできるけど)
哪會怕有一天只你共我 (それでも君とだけはいっしょにいたいんだ)
仍然自由自我 永遠高唱我歌 走遍千里(これからも自由な僕は、自分の歌をいつまでも 高らかに歌い、千里の道を翔けぬける)
この歌をラブソングだと思う香港人はいないと思います。
そこにあるのは、決意と香港への愛、ただそれだけ。
少し前に200万人規模になった逃亡犯条例反対のデモ。
審議中断という結果を引き出しましたが、廃案と明言していないので、まだまだ満足できるレベルにはなっていません。
海を超えた日本にいる私には香港の未来が香港人のためになることを願うより他ありません。
家駒、我哋好掛住你。
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