荒れ地に種を蒔くだけでも農法のプロセスから見れば協生農法であり、それは子供でもやれる。
自給の家庭菜園ならそれなりの理解が、さらに業としてやるなら相当な理解が必要になる。
協生農法は他の農法と違って土作りも堆肥作りも野菜作りもない。何をどのように配置するか決まりもない。
表土と植物と動物の基本的な仕組みを知り、いかに環境を整えるか、周年を通して草の代わりに野菜で埋め尽くすにはどうような混生、配置、管理をすれば良いか、自分で考えてやるしかない。
答は聞くものではなく、理論を理解すれば自ら出せるはず。 これまでの農法の学び方と違い、理論の理解が先決。 「具体的に最初にどうすれば?」と聞かれても、好きにしなさいとしか言いようがなく、具体的は自分で決めることなのだ。
自然農法との明確な違いは、物理学、数学を駆使して「業」として成り立たせると言うことで精神的な曖昧さは一切入らない。 実際に農園を見たいと言う人は多いが、実験むー農園など見ても協生理論理解の役には立たない。 理論は見て理解するものではないからだ。
だから、案内に手間がかかる視察はお断りしている。
農法が及ぶ範囲は国内ではなく世界各地だ。
気候、土質、立地条件、植生、それらが全く異なる地域でも完全にやってのけなければならない。
草一本生えない地なら生態系を築くことから始めなければならない。
つまり、これまでの学び方ではまったく歯が立たない。
「習っていません」では済まされず、協生農法士は自らの頭で考え結果を出さなければならないのだ。
原人が最初に伊勢へやって来て1年に満たない頃、地球をどのように復元するのか、将来の構想を練った。
野人は経営者であり、原人は科学者であり研究者。
農家ではないのだから行動は限られる。
世界を股にかけ、どこにでも出向き陣頭指揮をとる「協生農法士」の育成が必要だった。
どんな過酷な環境であれ必ず結果を出す理性と柔軟思考と覇気を必要とする。
どうしても答えが出せなければ、その時は野人原人がサポートすればよい。
原人は「協生農法士」をこのように評した。
「この資格は数ある国内資格の中では最も狭き門で最も面白い」
協生理論を駆使してどのような条件下でも答を出せるのだから。
理論を完全に理解、自在に応用出来なければやれない。
確かに狭過ぎて、あれから10年、多くの講習性が伊勢にやって来たが、農法士が務まりそうな者は一人もいなかった。
やれる見込みがあるかどうかは最初の数カ月の様子でわかる。
理的思考と柔軟性、学ぶ姿勢と学び方、それに志と覇気と愛、体力と技術・・それらが必要だ。
「愛」と言うのは笑えるが、最も大事なんだよ。
野人原人・・狩りをして殺生して食いまくってはいるが、すべての生き物に対する愛は深い。
最も可能性があるのは社員の翼であり見込みもある。
多忙ゆえに野人講習会はなかなか受けられず、講習時間は常連の読者の足元にも及ばないが、毎日ブログから自力で学び、質問も一番鋭い。
じっくり向き合って教える時間はない。
読者の質問の大半は「自分がわからないこと」「実際にどうすればよいか」だが、ごくたまにしかしない翼の質問は「理論上重要な事」、その違いだな。
協生農法士になれるかどうかは翼次第、社員全員が最も期待している。
そうなれば野人の負担は軽減されるだろう。
協生農法理論は協生理論が理解出来なければ理解は出来ない。
協生理論が理解出来れば体調復元理論も理解出来る。
つまり、連立しているのだから、協生農法士は協生理論士であり、協生体調復元士でもある。
こんな難解な理論を作った野人が一番悪い。
せめて農法だけでももっと簡単にせんとな、「初期農法指導員」とか・・ まあ、原人やシネコカルチャーメンバーが考えるだろう。
ネーチャー誌もノーベル賞もたいしたことではなく、通過点における1評価に過ぎない。
目的は地球環境の復元であり、実践してやり遂げなければ意味はなく、それがやれるのは協生理論しかない。
この・・簡単だが難解なムーの科学。
学び甲斐もあり、結構面白いだろうが。
10年以上書き続けているが、皆さん退屈せずに喜んでいる。
意思に沿わず理解出来なければ離脱、それでよい。
自由に、笑いながら学ぶのが気楽だな。
野人だってこんな難しい理論や本、真面目に読む気がしない。
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