ブルース・リーの哲学3 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

五体の天性機能を使いこなすなら、最も早く器用に動かせるのは拳や足ではなく「指」であり、柔らかい急所を突けば一瞬で戦闘不能にすることも出来る。

拳やスネをいくら鍛えようが石や鉄より硬くはならないし、相手をパワーで破壊するのが空手の目的ではないはず。

武器を没収され、刀や槍などの武器に対抗する為に生まれたのが沖縄空手であり、体だけでなく農機具までも武具として使いこなした人知の結晶だ。

空手本来の目的からすれば最も理に適った武器は手首から指先であり、目くらましも含めて変幻自在に使いこなすことで身を守った。


指を鍛え拳立てなどで拳を固めることはしても、空手の代名詞である固い巻きワラを突いて血を流し空手ダコを作ることは、部内では野人一人だけがやらなかった。

しかし、演武会や板の試割りには必ず借り出されるくらい破壊力は空手部随一。

そんな事は普段から拳を鍛えている自分達でやれば良い。

硬い物質は手で割るよりカナヅチで割ったほうが簡単で早いし手も痛くない。

関節も傷めずタコもなく野人の拳は昔も今も綺麗なままだ。

道具を使うことを覚えた猿だって石でココナッツを割っている。

型や演武、試割りになどに必要性を感じることはなく関心もなかった。

水泳同様に空手も試合の為の練習をした記憶はない。

突きや蹴りをやることはないが、手首と指先は今でも無意識に動く。

腕力脚力と違って労力も筋トレも必要ないから80、90歳になっても使えるだろう。

足腰が弱り枯れた右手一本でもそれなりの攻防の対応は出来ると言うことだ。

これこそ体重や年齢に関係なく、柔よく剛を制すと言う武術の基本ではなかろうか。


22歳で野人が考案した「水流護身術」は誰に伝えることもなく自らの人生に役立てて来た。

武術だけでなく自然界や人間社会、暮らしや思考の進め方など、その活用は野人エッセイすの至る所で見られる。

実戦武術はとうに捨ててしまったが護身術は今も生きている。

好きでやったわけでもなく生きるのに必要だったからだ。

だから習ったことは鵜呑みにせず、理のないもの、不必要と判断したものは省いた。

武術が幾度か身を守ったのは20代、死地から命を守ったのは本能、人生を通して社会のあらゆる困難から身を守り続けて来たのは森羅万象の道理から生まれた理論だった。

水流護身術、時間が出来たらそのうちあらためて紹介しよう。

6月2日に記事にした「スイミン愚物語野人教室」は水から身を守る水術だ。

どれだけ泳げるかよりも、どれだけ休憩出来るか、体力を消耗せず進めるかのほうがはるかに大切なのだ。

「速く泳ぐ 上手に泳ぐ」などはその中のほんの一部に過ぎず、その道理は教えるが後は自分で適当に練習すれば良い。

その考え方を修得すれば人生も恋も水色に変る事間違いない。

恋とはあまり縁がない野人が言うのだから

たぶん・・・適当だ。


「仕方ない」はあきらめの言葉

http://hama-sush-jp.pro/muu8/entry-10277981501.html

野人武術

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巨大鮫との対決

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クビだらけの珍生

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東シナ海流の連載を続けて・・

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雪の明治神宮 初詣 
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唯一の学生服写真 足元は裸足に下駄・・


先代主将から引き継いだ応援団のような特注ガクラン

長くダボダボ 高い詰め襟には拳のバッジだらけ

裏生地は派手な赤 ボタンしっかり止めんと・・

恥ずかしくて 滅多に着れんな


これが一番
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いつもの通学スタイル
 

 当然 ふんどし・・下駄

  

 平和が いちばん・・