老人ホームの在り方 1 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

先日の特集でやっていたが、老人ホームの不足が深刻化している。

介護を必要とする人で、施設には入れず待機している人は42万人いると言う。

本人も辛いが家族はもっと辛いだろう。

人の手を借りなければ生きられなくなるこの状況は悪化する一方だ。

母も祖父の介護と幼い野人の世話をする為に教師ではなく自営の道を選んだ。

祖父を看とり、数年して寝たきりになった祖母の世話もしていた。

野人は祖父に次いで祖母の食事と下の世話をする母を何年間も見て暮した。

痴呆のようになってわがままを言う祖母にキツい言葉をかけた母を一度も見たことがない。

父は野人が一歳の時に結核で他界したが、母はその世話もして結核が感染、それを隠して働いていた。

母は俗に言う「美人」で、縁談の話は山のようにあったが断り続けていた。

後で聞いた話だが、母は父しか愛せなかったようだ。

野人が生まれる前には姉と兄も3歳と2歳で結核に感染、世を去っていた。

野人が中学生の時までに、母は家族5人を看病して看とったことになる。

朝5時半に食品店を開け、閉店の夜9時まで働きながらの看病は辛かっただろう。

まだ40過ぎだったが、母の手のしもやけとあか切れはひどかった・・・


夕食は遅かったたから小学生の頃は野犬達と夜の山を走り回っていた。

朝食の食材を買いに来る人のシャッターを叩く音で野人も何度か目を覚ました。

店頭に出した大量の野菜や豆腐の水桶などの片付けも毎日のように手伝っていた。

母のその気力が結核の進行を止めていた。

店の名付け親である近所の主治医もそれには驚いたようだ。

祖父も祖母も病院ではなく自宅の畳の上で母とその主治医に看取られた。

でかい注射を振りかざすその老医師は嫌いな人物の一人だったが、後に色々世話になった話を聞いてからは感謝するようになった。