東シナ海流56 究極の操船 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

屋久島の永田にあるヤマハの宿泊施設は「石蕗の舎」と呼ばれ、屋久島では一番グレードの高い施設だった。

屋久島空港から北へ上がると一番大きな宮之浦があり、さらに真北には船舶基地のある一湊、そこから車で20分の北西側に永田部落はあった。

部落の中を永田川が流れていたが、高い山から雪解け水が急激に海に下る為、透明度が高く非常に冷たかった。

この川の河口の船溜まりに会社が所有する27フィートの漁船が停めてあったのだが、潮が満ちて来ないと砂浜の河口が浅くて沖へ出ることが出来ない。


野人が漁場調査で頻繁に使う為に常時出航出来る一湊港に回航することにした。

潮位が十分でなく底がギリギリだったので、河口では小林さんと二人で水に入って船を押した。

河口を出て一湊までは20分だが、まずは小林さんが舵を持ち海岸線の説明を始めた。

波崎さんの言葉が頭をよぎったが、下手くそでもなく特に運転には問題がないようだ。

船は真っ直ぐに走っていた。


途中には大物が釣れそうな磯があり、その度に船を近づけて説明を受けた。

透明度は非常に高く20m以上はありそうだ。

ここはイシダイ、ここはグレやシマアジと小林さんは雄弁をふるった。

磯釣りだけは18番なのだ。

彼が潜れないのは、泳げなくはないが耳に水が入るのが嫌らしいのだ。

走っていれば船酔いはしないが、停めて釣りをするとすぐに酔うらしい。


1時間かけて一湊港に入港した。

着岸を代わろうと言うと、「いくら船が弱くてもそれくらいお茶の子サイサイじゃ~音譜」と操船を交代しようとしない。

船首でもやいロープを持って準備すると、スローで着岸態勢に入った。

波崎さんは警告したが何の問題もないようだ。


ところが岸壁があと数メートルに迫った時、急にエンジン音が消えたのだ。

振り返ると小林さんは後ろを向いて船尾のロープの用意をしていた。

船は惰性がついたまま岸壁へと30度の角度で向かっていった。

一瞬目がテンになったが、手で支えて止まるものでもなく思わず右足を構え、思い切り蹴ろうとしたのだが、船首の横から突き出た15cm四方の角材が岸壁に激突、「バキ~ビックリマーク」と強烈な音を立てて根元から折れた。

そして船は・・・止まった。汗


小林さんは気にも留めずロープを持って船尾から岸へ飛び移り、係船していた。「小林さん・・・これ・・」と折れた船首を指差すと・・、「ん・・折れたか・・はてなマーク しょうがねえなあ、小倉さんに修理頼もビックリマーク」とたいして気にしてはいない。


いつもこうやって船を着けるのか聞くと、「そうよ、着岸なんて簡単じゃい~クラッカー」と答えが返ってきた。

最後の最後でやっと波崎さんの忠告が理解出来た。

先にそう言えば船首は折れずに済んだのだが仕方ない。

小林流の着岸は必ずエンジンを止めて惰性で着ける爆弾

船首が傷だらけの理由もやっと理解出来た。

早い話・・ぶつかって止まるのだ。


迎えに来た車の中でも小林さんの高笑いは止まらなかった。

「あのな・・形ある物は必ず壊れるビックリマークものなんだよ!そんな細かいこと気にして人間やっとれんぞ~!」。


小林さんは「壊す」と「壊れる」の区別がない。

こんな男には会った事がないが、何とも憎めない男だ。

ただ、折れてぶらさがっていた船首の角材を思い出すと哀れでならなかった。