レコード会社移籍 ワーナー・パイオニア ディストリビューション | 矢沢永吉激論ブログ

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アー・ユー・ハッピー? P82

 

 ちょっと待てよ。 「ディストリビューション」ってどういう意味なんだろう。突然、はっとした。


急いで会社の契約書を調べさせた。ディストリビュートなんとかって、たしかに書かれてる。-謎がとけた。オレはサギにあってたようなものだった。

 

アメリカ進出なんてもんじゃなかった。ワーナー・パイオニアから、ただレコードがアメリカに流れていただけだった。


CBSソニーから移籍して、夢を持ってアメリカ行って、鍋釜持って、クルマ持って、知らない英語の学校行って、向こうの世界に入ろうと必死になって……。

 

オレは、あいつらの手の上で踊ってただけだった。

 

アメリカに出るのはあいつらの夢じゃない。矢沢の夢だ。その矢沢の夢を利用して、ソニーから移籍させたかっただけだ。

 

アメリカで売れなくたって、ワーナー・パイオニアは損しない。いや、儲かった。日本で同時発売するんだから。日本で『YAZAWA』は何十万枚も売れた。

 

オレはディレクターを呼んだ。彼はワーナー・パイオニアから派遣してもらったロードマネージャーでもある。

 

彼も辛かったんだろうな、ワーナー・パイオニアの社員として、また、オレのロードマネージャーとして、狭間に立ってて。

 

「謎がとけたよ。アメリカのディストリビューションのことだけど」ディレクターの顔色がすっと変わった。


「ワーナー・パイオニア、即やめる。東京に電話して、社長に言っとけ。ふざけるなって、矢沢が言ってたって」

 

ワーナー・パイオニアはあわてた。「最後のチャンスをください」と言ってきた。

 

アメリカのワーナー・ブラザーズに話をして、世界発売第三弾『FLASH IN JAPAN』を制作した。1987年だった。

 

それでもやっぱりオレは、ワーナー・パイオニアを離れることにした。