国境の南、太陽の西 | 書評無情の響きあり。

国境の南、太陽の西

村上 春樹
国境の南、太陽の西

先の連休に実家に帰った際に、

大学時代読んだこの本(本棚から顔を出す題名)に

何となく惹きつけられ再読。


思えば、購入時も“村上春樹”と

このドラマティック雰囲気?のタイトルに

引き寄せられてこれを手にとった記憶がある。



37歳でジャズバーを経営、妻と子供がいて、と

経済的にも家庭的にもそれなりに恵まれた主人公が

12歳 小学生の時、好きだった初恋の相手と再会して、、、

という内容。 



大学時代は“一つの小説”というさらっとした感じ(著者特有の

洒脱な文章表現によるところもありを持って読んだが

今回読んでみて“人間ドラマ”という側面を以前より強く受けた、

それは主人公の年齢に自身が近づいた ということもあるのだろう。



「太陽の西」について触れている箇所にある

「ヒステリア・シベリアナ」という神経症。無限の大地を耕し続けていた

シベリアの農夫が、ある日、沈んでいく夕日のその先(太陽の西)を

目指して歩き続け、やがて力尽き倒れて死んでしまう。


「ヒステリア・シベリアナ」と本書の内容に共通すること。

平凡な毎日の中で突然自分の信じたものに駆り立てられることもある、

が、そこで何が得られるかは分からない、、、

それでも自分の中の失われたピースを埋めるがごとく突き動かされる、

本書の主人公も(「ヒステリア・シベリアナ」も)

最終的には、一時的に幻を求めた ということであったのかも

知れないが、またそんなところに この小説に感情移入し、

その結果ウーンと呻ってしまう理由があるのだろう。

著者の狙い通りか、、、ちと悔しいが(?)、、。