NOと言える事 | むちゃごるぅ帝国~自閉症を添えて~

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30と25の大人の自閉症の息子を育てているごるごさん。
そろそろ自閉症の人たちが、楽しく愉快に幸せに暮らしていける帝国をつくりたいなぁと壮大な夢を語ってみたりしています。



ここに書かれていることは、すべて真実です。

お久しぶりぶりざえもんです。
あっ

という間に
9月も半ばを過ぎました。
シルバーウィークだってよーっ

さて。

息子たちの通う施設で虐待が発覚して早や4ヶ月あまり。
行政処分も出て「落ち着いた?」と言われることが増えてきた。

とりあえずはね

と答えている。

何をもってして「落ち着いた」と言えるのかがわからないのだよ、私は。

何かが変わったといえば多少の変動はある。
でも、根本的なことは?根っこは?と言うと、明確に回答できない。

そんな中
ずっと思ってきたこと。

なぜうちの子じゃなかったのか?

軽く考えれば、おそらく利用者的に若い子の母親のくせに
うんたらかんたら注文を言ってくる私は
非常にうざったい親のはず。

年長者の意見を「はいはい」と聞かず
何かおかしいと思ったら「はいっ」と手を挙げて意見して
挙句「最近の若いお母さんはっておっしゃいますけど、古いお母さんは出すね」と言って「私のどこが古いのよ」とか言わせ、侮辱的な発言をされれば意見書を出す親なんて、そうそういないと思う。

あ・・・これ保護者会的にうざい親だね。

支援員さんを「先生」と呼ばず「○○さん」とさん付けして呼んで
年長のお母様方が「○○先生はね」と言えば「○○さんですね」と言い返す親は・・・


他の保護者的にはうざいだろう。

そんなウザさが目立てば、支援員さんもうかつにわが子には手が出せなかったか?

「NOと言える子ども」を育てようといわれた。

長男は、ああ見えても(どう見えて?)「イヤ」と言える子だ。
自分の体調がよくないときには「お熱」と言ってくる。
休みたいときには、咳をゴホッゴホッとしてうずくまり「休む」と言われたときには驚いた。

次男は本能のままに生きているのだが、意外と外では良い子ちゃん。
ゆえに、目の下に真っ黒にクマを作って帰ってくるときがある。
これが次男のサイン。
あまり続くようなときには、休ませる。

でもね。
今回の事件で考えた。

NOと言える子ども
を育てる前に

NOと言える親 
にならなくてはと。

お世話になっているから
ここを追い出されたら行くところが無いから

で、先生先生と呼んで
子どもが「叩かれた」と訴えても聞かぬ振りして
真っ当な抗議を(私的には)している親を訝る

これでは子どもがNOと言っても届かないのでは?

クレーマーじゃないのと言われたら
「いいえ、私はスチーマーです」と答えてる。

親がNOと言えないと子どもがその犠牲になる。
そろそろ気づいてほしい。

気づいているのかも知れないけど。