誰が何と言おうと人によって違うと
一瞬たりとも疑ったことのないもの
それは人生の幸せの総量

幸せの定義によるところもあるけれど
間違いなく不平等だ

ただ自分の人生の幸せの総量は
誰にもわからないということは平等
未来はもちろん過去でさえも

不幸せな過去の記憶は本物か偽物か
そんな難しいことわかるわけがない
さっき電車で隣の席にいた人の顔すら
正確に覚えていないのに

自分の人生の幸せの総量はお好みで
多いことにしても少ないことにしてもいい
だってわからないんだから

折角なら多いことにするのが今の私の好み
死ぬときに実は少なかったんじゃないか
それがどうしたで済む話だし

死ぬときにそんな余裕無いだろうし
死ぬときに幸せの総量を確認できるなら
それだけで幸せの総量は一気に増えそうだし

自分の人生悪いことばっかりでも
途中でどんでん返しがあるかもしれないし
悪いことに見えて実は幸せかもだし

人生が不安で楽しみで
不安と楽しみの匙加減は自分で調整できる
うまく調整するのに必要なのはきっと
ちょっとした訓練とちょっとした心がけ
これはきっと全人類平等なんだろうな