今の時代いじめというものは
少なくとも学校でのいじめというものは
いじめる方が100%悪い
いじめられる方に原因なんてない
という考え方が主流なんだろうか

私がいじめられていたときには
いじめられる方にも原因がある
仕返しをしない弱い人間だから
いじめられるんだと大人達から言われた

どちらが正しい間違いと言うつもりはない
ただいじめられるという経験をして
大人になった人間としていじめという経験を
最大限実り多きものにできないか考えてみた

まずいじめられる原因があるのか無いのか
それはわからないけれど
自分が考えたいじめられる原因は
てんで検討違いのものばかりだった

いじめられたくないから
必死に原因を消そうとしていた当時の私に
そういうことじゃないと伝えたい

さらに自分の考えるいじめの原因は
自分が周りの人達と違うところで
中には才能と呼んでもいいものもあった

だから消そうとするのではなく
大切にのびのびと育てていたら
今頃もっと輝かしい人生だったかもしれない

しかし幸か不幸かいじめられているのなら
いじめられる原因について考えるのは
苦しいけれどとても実り多い経験になる

自分が何者かということをこれほど真剣に
これほど切実に考えるチャンスはない

いじめという経験は無い方がいいけれど
いじめられる原因を考えることを通して
自分という人間について考えた経験は
私には何にも変えがたい

いじめはいつか終わる

今思うとそれはいじめられる原因を全て
消したときではなく

生き方を変えようと決意したときだった
ような気がしてならない