嫌な出来事や苦しかった経験や劣等感
そういうものが過去にたくさんあるとき
なんて不幸なんだと過去を嘆きたくなる
だけど過去を不幸に彩るあれやこれやは
今はもう無くて記憶の中にしか無い
その記憶もたぶん不正確なものだから
昨日電車で隣の席にいたあの人の
着ていた服の色すら忘れている私が
何年も前のことやそのときの感情を
正確に覚えているわけがないから
不幸だと意味付けするあれやこれや自体が
過去にすら無いのかもしれない
失った記憶に私が新たな物語を付け足して
不幸な過去を作っているのかもしれない
なぜ不幸な過去という幻想を作るのだろう
それはきっと実際にあった過去を
ゆっくりと癒すための過程
実際にあったものが急に無くなると
混乱してしまうから
困ったことに不幸な過去という幻想は
私の今も不幸だと意味付けすることがある
その過去は今はどこにも無いのに
もしも不幸な過去の記憶があって
そのせいで幸せになれないと思っているなら
過去の出来事が癒されてきた
その過程で起こったことや出会った人や涙
そういうものたちを思い出してみないか
幸せな過去という幻想を作り出せば
今の私は幸せだと意味付けできる
その幸せの幻想は不幸の幻想に比べて
小さく無力に感じられるかもしれない
しかしこの幸せの幻想は意外に強くて
不幸の幻想に確実にヒビを入れる
そしてそもそも過去が不幸でも幸せでも
今幸せであることは可能だし
幸せな今の私がいるのは過去の私のおかげだ