以前こんなことを書いたけれど
空洞の話をもう少しだけ深めようと思う
空洞に気付くのは自分を不幸だと思うとき
空洞を埋めれば幸せになると考えて
空洞を無理矢理埋めようとする
だけど実は空洞があるからといって
不幸になるわけではない
空洞が不幸そのものだという勘違い
その勘違いこそが不幸を作り出す
例えばクリスマス前に恋人を失ったとき
恋人のいないクリスマスは不幸だろうか
恋人のいないクリスマスを楽しむと決めて
華やかなイルミネーションや
赤や緑の鮮やかな色彩で飾り付けられた
クリスマスの街の雰囲気を心ゆくまで
1人で味わうのは幸せではないだろうか
クリスマスに恋人がいないのを嘆いたり
間に合わせの恋人を無理矢理に作ったり
そういう過ごし方をするのが
もったいないと感じられないだろうか
友達がいないことを楽しむ
お金がないことを楽しむ
配偶者がいないことを楽しむ
子供がいないことを楽しむ
病気であることを楽しむ
そういう覚悟を持つことができるなら
人生はどの瞬間も輝くのではないだろうか
私はこういう覚悟が全然できていないけれど
正直なところ空洞そのものが怖いけれど
空洞そのものを楽しもうとするだけでも
人生は少し良くなりそうな気がする
そして空洞そのものを楽しみ尽くして
空洞が自然に埋まるとき
そこは私の想像を遥かに超える
素晴らしいもので満ちているはずだ