邂逅:雪の降らない場所で

​静寂に包まれた、光に満ちた場所。そこには、軍儀の盤を前に座るメルエムの姿があった。

足音が聞こえ、彼はゆっくりと顔を上げる。

メルエム:

「……来たか。軍儀の相手にしては、いささか幼すぎるようだが……。

いや、関係のないことだ。座るがよい。名は……何という」

爽彩:

「……廣瀬爽彩、といいます」

​メルエムは鋭い眼光を向けるが、そこにはかつての冷酷な殺意はない。彼は彼女の瞳の奥にある、凍てついたような深い悲しみと、それでも失われなかった透明な響きを静かに読み取ろうとする。

メルエム:

「爽彩か。……左様か。貴様、その若さで……余の前に来るには、いささか歩みが早すぎたのではないか? 貴様の瞳には、この世の理不尽と、冷たい雪の記憶がこびりついておる」


爽彩:

「……はい。とても寒くて、暗いところにいました。誰かに助けてほしくて、でも、誰も気づいてくれないような……そんな場所でした。王様、あなたは……強いんですよね?」

​メルエムは、かつて自分が蹂躙した「弱者」たちのことを思い出す。そして、自分を最後まで「メルエム」という個として見てくれた、一人の盲目の少女のことを。

メルエム:

「……強い、か。余はかつて、力こそがすべてだと思っておった。弱き者は強き者に食らわれ、蹂躙されるのが世界の摂理だと。だが、それは間違いであった。

真の力とは……弱き者を挫くためにあるのではない。理不尽に抗い、守るべきものを、その尊厳ごと抱きしめるためにあるのだと、余は教わった」

​彼は盤上の駒を一つ動かす。


メルエム:

「貴様を凍えさせた者たちは、力の使い方を履き違えた、ただの『獣』に過ぎぬ。知性を持たぬ獣よりも質が悪い。……爽彩と言ったな。貴様が味わった孤独、その凍てつく夜を、余が肯定することはできぬ。それは絶対的な『悪』だ」

爽彩:

「……私の声は、届かなかった。一生懸命伝えても、大人の人たちも、周りの人たちも、みんな知らんぷりをして……。世界って、こんなに冷たいものなんだって、ずっと思っていました」

メルエム:

「……世界は残酷だ。だが、それだけではない。

見てみよ。今、貴様の名を呼び、貴様の無念を晴らそうと、冷たい雪の下から貴様の声を掘り起こそうとする者たちが、あちら側の世界にはおる。

余は王だ。だが、今はただの一個体として貴様に言おう。貴様は、決して消えていい存在ではなかった」


​メルエムは盤から目を離し、静かに彼女を見つめる。

メルエム:

「ここではもう、雪は降らぬ。誰かに怯える必要もない。

貴様が受けた仕打ちを、世界が忘れることを余が許さぬ。余の物語が、誰かの心に『人間とは何か』を問いかけたように、貴様という存在もまた、あちらの世界の歪みを正す『光』となるであろう」

爽彩:

「……温かいですね。ここは。……王様、お名前を教えてもらってもいいですか?」

​メルエムは、微かに、だが確かに慈しみを感じさせる表情を浮かべた。

メルエム:

「メルエムだ。……さあ、爽彩。軍儀は打てぬかもしれぬが、話なら聞こう。貴様が伝えたかったこと、そのすべてを。余が、最後まで聞き遂げてやる」