コメントやメッセージでの励ましやお気遣いいただいて…
どれも読みながら涙が自然とあふれていました。
本当にありがとうございます。
今は少し落ち着いています。
みなさまのブログも読ませていただいています。
もう少し落ち着いたらまたコメントでお相手してくださいね。
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昔、インターネットが普及する前。
パソコン通信時代のお話を少しさせてくださいね。
今はネットに繋がっていればどこのサイトにも自由に行けますが、
昔は「ホスト局」に電話回線を使って繋がなければ
交流することも情報を得ることもできませんでした。
私自身もホスト局を運営していましたし、
地元の大手草の根ネットの雑談掲示板の管理人(削除権あり)、
現@NiftyのとあるフォーラムのSysop(コミュ管理責任者、削除権あり)をつとめていました。
当時は今とちがって全画面が表示されず、
それこそ1文字ずつ横に文字が流れていく、そんな時代でした。
当然、データは流れていきますし、logを見ようと思っても消えていることも多々ありました。
ですからlogを保存して回線を切ってから読んで、
コメントしたいことがあればエディター(Winでいえばメモ帳ですね)を使って投稿原稿を書いていました。
もちろん、繋いだまま書くこともできますが、
今のような料金体系などまだなく、テレホーダイというものができたときは感動したくらいです。
接続時間=電話料金だった時代なんですよね。
一旦回線を切って投稿原稿を書くことによって、推敲もできますし、頭を冷やすこともできました。
相手に誤解なく、また傷つけたり怒らせたりすることのないように書くことを誰もがしていました。
なぜなら、一旦投稿してしまったら、SysopやSigopのような削除権限の持った人でない限り、
投稿記事を削除することは不可能だったからです。
また、SysopやSigopが自分の管理下にないボードの運営について口出しするのも
そういうことを言える立場にはないことを皆、ルールになっていなくても理解していました。
Sysop時代にもSigop時代にも削除権を発動したことは何度かあります。
でもそれは、私の場合は幸いにしてテーマに合わない内容だった場合のみでした。
問題が起きても記事削除されることなど他のSysopやSigopにしても削除権は使ってませんでした。
なぜなら、「文章をUPした以上文責があるから」です。
問題が起きれば発端となった文章をもとにして終息をはかる。
それが正当なやり方とされていた時代でした。
私はその時代を過ごして今に至っています。
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私は今も「書いた以上は文章は消さない」方針です。
コメントについても承認した以上は問題が起きても消しません。
承認したという責任があるからです。
削除しても問題は解決しません。
むしろ、逆効果です。
責任放棄だと私自身は考えています。
削除してもキャッシュは残ってますし、魚拓をとることは可能ですから。
私は問題に巻き込まれたと理解したら即、データを保存して備えています。
私のブログのコメントを承認性にしているのは、私自身を守るため。
承認することで私の心を守れなくなることを防ぐため。
そして、サイトへの誘導といった悪意あるコメントから皆さんを守るため。
削除されても、心の傷は消えません。
むしろ、深く、深く突き刺さりました。
これは、時間とみなさんからの励ましの言葉でしか癒えることはないでしょう。
お願いですからこれ以上私を巻き込まないでください。