こないだはこんなことを書きました。
急性胃腸炎の翌年。
今度は異様な腹痛に襲われ、母に夜間救急
へ連れて行ってもらい…🚙
点滴を打って落ち着き、帰宅。
翌日、いつもの診察でかかりつけの病院
へ。
採血して、診察して帰宅。
そしたら、次の日、家に電話が来て「夕方4時には来てほしいって!」と母からLINEが。
早退して、病院に着いたら、「ちょっと待って。あと30分経ったらまた来て」と言われ、オイオイ…。
その頃って、コロナウイルスが流行って半年かな。神経質になっていたころで、私が来たときは、新規患者さん、つまり、熱が出たとかそういう患者さんのみ受け付け。そういう流れになっていました(今は別室、別ドアを設けているので時間分けは解消されています)。
なんで呼び出されたか…。
「肝臓の数値が急上昇しています。紹介状書くから、近い日を選んでもらいます」
またか。
肝臓数値の急上昇は過去にもあったんだけど、1か月後には全くの正常値だったんだよね~と思い、
結果を見て沈黙…![]()
r-GTが800以上って・・・。
こりゃ、ないわ~。
前の急上昇の時は200だったので。
紹介状を書いてもらい、予約は2日後に。
某病院で諸々検査した結果…。
胆のうに砂がいっぱいあるという現象。
おそらく、こないだの腹痛(話しておきました)は、その発作ではないかという話でした。
そしてその影響で肝臓の数値が上がった可能性が高いと。
次は外科を予約するので、それまでに胆のう摘出するかしないか決めておいてくださいと。
次また激しい腹痛を起こす可能性はありますが、いつ起こるかは全くわかりませんとも。
ただ、また起こるリスクは高いですって。
![]()
![]()
![]()
もういいです。
手術を選びます。
マジで。
あの痛みは何とも言えないし![]()
![]()
![]()
1週間後の外科で、手術受けます。と。
そしたら先生、「あくまでも腹痛は“それである可能性”であって、必ずしも腹痛が起きないとは限らないよ」
えっ?![]()
「あくまでも、腹痛が起きる可能性が一つ消えたということです」
まっ、まあ…そうですよね![]()
でも、可能性が一つでも消えるのなら。
手術を選びました。
腹腔鏡手術です。
2週間後に手術を(忙しいな!)
1週間ほどの入院の予定…っと。
会社からしたらまたか。毎年入院してないか?って感じ?![]()
入院。
コロナウイルスで制限がついていて、母とはナースステーションでお別れ。
翌日、手術。
母が来て、母はいったん外出(時間のころ合いを見て戻るみたいな感じ?)
通常なら、談話室で待つんだけど、コロナウイルスのせいで長時間の滞在はダメということで、終わりが近づいたら母のスマホに連絡しますと。
術後に目を覚ましたら、病棟へ。
少しして母がやってきた。
5分ならいいがやってー。だと。
他愛のないお話をしてすぐにお別れ。
でも、腹腔鏡手術は開腹手術とだいぶ違うね。
次の日にはシャキシャキ歩けます。
開腹だと退院日までヨロヨロです![]()
この一週間、体重が5キロも減りました。
さすが、病院の給食は違う。
お菓子食べてもちゃんと減るんだもの![]()
だけど、退院後はすくすくと戻りましたけどね![]()
まあこれ、父系の遺伝みたいな感じもある。
実は、父も私が入院した日に入院しているんだよね。
私の入院は母が付き添い、父の入院は弟が付き添い…![]()
父も、胆石症で入院です![]()
私が退院して数日後、また入院して手術です。
同じ、胆石摘出![]()
ただ、違ったのは、胆石の色。
私のはまだ若かったらしくピンクでした。
ところが、父のは汚い赤だったらしいです。
何度も発作を起こした結果でもあるらしいんだけど、
年齢のせいでもあるんじゃないかなあ???
このあと、従兄(父の兄の息子)が発作を起こして救急車を呼んだらしい![]()
いやいや、ええっ?
ほぼ同時期って![]()
![]()
![]()
従兄は手術をしないことを選んだらしいです。
手術は、次発作を起こしたときに考えたいそうです。
![]()
![]()
![]()
…私には無理。
あのなんとも言えない痛みをまた味わうのはもう結構です。
そんなこんなで。
次の年は入院はなかったですが、その次の年の今。
またもや入院したんだよねー
どんだけお腹弱いんだかー!と思ったら、ちょっと違った。
あ、ちなみに、術後にはだいぶ肝臓の数値が下がり、2か月後にはもう正常値となりました。
めでたしめでたし。