うちの次男坊は、ジャンル問わずの映画好き。

気に入ったシーンを何度となく繰り返し見ているのを、頻繁に目撃します。


 つい先日、長男坊とわたしの口喧嘩を見ていた次男坊に、わたしは、


「ねぇ、今のど~思う??」


と、困った母の言葉に、


「チャーリーが言ってたよね。・・なんつってたっけ、、あれ、あの、なんだっけ」


と素早くリモコンを操作し始める次男坊。

録画されてあった‘チャーリーとチョコレート工場’の一場面をわたしに見せてくれました。



ウィリー:「落ち込んだ時、癒してくれるものって何?」


チャーリー:「家族だよ」


ウィリー:「?!うるさい事言われたんじゃ、クリエイティブな発想なんてできやしない」


チャーリー:「子供を守ろうとして言ってるんだよ、愛してるから。」


ウィリー:「・・・。」


チャーリー:「信じないなら、聞いてみなよ」



と、一人で聞きに行くのはイヤだと駄々をこねるウィリーに、チャーリーが仕方なく付き添い、

ウィリーの父親に、一緒に会いに行きます・・・


・・・映画もさることながら、

我が子達に助けられ、母親として成長させてもらってるなぁと、しみじみ感じる今日この頃、、。



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 つい先日、長男坊と口喧嘩をし、長男坊とわたしとの関係に変化がありました。


・・・ことの発端は、TVのチャンネル権。

失笑ですよね。


 宿題もせず、当たり前のようにTVを占領する長男坊。

ザッピングしている長男坊に、

「あ、それ、今の、、次のCMまで少しだけ見せてくれる?」と、大して興味のない番組に食い下がるわたし。


大文句垂れながら、リモコン片手に、今か今かとCMを待つ長男坊。

結局、CMまで待てずにチャンネルをまわしてしまう。


大して腹は立ってなかったけれど、ここは、と意を決して食ってかかった訳です。


それにしても、こんな小さなことですが、大元を正すと、非常に根深いことに驚きます。


どんなに小さなことでも、本人の意識ひとつで、大きな学びとなります。


面倒くさがらず、ひとつひとつじっくりと。


子供の出すサイン、シグナルは、できるだけ小さいうちに。

気付かないならまだしも、気付いているのに、自分(現状)を変えようとしないのは、甘えですから。


相手、じゃない。 自分。


コトの大小は、関係ない。



・・・ほんとは、疲れているし、スルーしたいところ。


でも、いつもより気合いを入れ、本気で向き合った。


灯台もと暗しであることに気付かされる。

あぁ、ごめんなさい。身近なところから、やってかんと。


自分以外の人間は、

子供だろうが、親だろうが、血がつながっていようがいまいが、皆、自分自身を高めてくれるありがたい存在。


相手を通して、自分とも向き合う。

同時進行です。


しつこいと思われようがなんだろうが、しっかり彼の言葉を拾った。

そして、同時に自分も見る。



・・カメラのシャッターをきる時、心のブレは、そのまま写真に出る。

しっかりピントを合わせる。

どんなに時間がかかったっていい。

とにかく、ブレずにいることだ。


集中した。


彼は、「ママは、オレ達が居ない時に、いっぱいTV見てるでしょ」と言った。


正直、見てないので、正直に伝えると、そんなの嘘だ、と言う。

何故、見てないのに決めつけるのかと問いただすと、

少し調子に乗って言ってしまった自分への羞恥心が見えてきた。


自分を良く見せようとか、とにかく嘘言ったら、負けるのは明らかだよ、、。


わたしは、自分を弁護した訳ではない。


真実を伝えただけ。


ここに、私利私欲が少しでも在ると、必ずブレる。


如何に、自分の心の声と、出す言葉を一致させるか。


理路整然と言葉に出来れば、それに越したことはない。


私利私欲が出てきてしまったら、それを認めて素直に謝ればいい。


正当化したり、言い訳したりすれば、余計相手に伝わらない。

メッキはすぐに剥がれる。


わたしは、父母の役割についても、私なりに、彼に話した。


「わかったよ・・・。(ごめんなさい)」

( )の心の声もちゃんと聞こえたよ。

うれしかったデス。ありがとう。


この一件で、わたし自身は、何が一番不満に感じていたのかがハッキリ分かりました。

口答えの多い長男坊に、というより、

父親としての仕事を果たそうと100%の努力を怠っているのではないかと思われる夫に不満を感じていた。



---ここからが、大事。


自分の中に在る不満がハッキリ分かったら、まず、それを受け入れます。

不満を感じた、ということは、自分の中に負がある訳ですから、汚い人間なんです。


だから、キレイに掃除しなくちゃね。


ここで、誤解しちゃならないのは、

相手が、自分を汚したのではありません。

自分の中に在ったから、引き寄せた。

自分が汚れている事を、相手は教えてくれたんです。


汚された、のではなく、自分が汚れていた。


汚れている自分に、相手が気付かせてくれたんです。


だから、感謝なんです。


汚れている自分に気付くことができなければ、そもそも掃除しようと思えないのだから。


ここで、だってだってと、言い訳する人は、魂が成長できません。


魂を成長させたいなら、素直に受け入れ、認めることです。


魂は成長したがっている。


それが魂の本質だもの。


魂を成長させる為に、この世に生まれてきたのだから。



愛と感謝をこめて@‘あいだみつを’みたいー


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