『黙食』
もくしょく
だまってたべる…
今やコレが求められる
食事のスタイルですね
私は子どもの頃
家族で賑やかな食卓の記憶は
ありません…
ガチャガチャとした賑やかさは
ありましたが…
楽しく話しながらの食事の時間は
我が家にはありませんでした
なんだかいつも親はいそがしそうで
ちゃっちゃっと食べろ的な感じでした
お手伝いさんが出してくれるご飯が
なんだかエサのように感じて
お店の奥の隅っこの縁台のような場所で
食べる食事が嫌で嫌でたまらなかったです
だから子どもの頃は
ずーっと『黙食』でした(笑)
あれほどいそがしく
子どもより何より商売が大事で
そんなふうに働いていたのに
大した財産も残さず
あなた達の人生はなんだったの?と
喧嘩するたびに言ってた私も
そう大した事のないおばちゃんになって
それでも私や妹を大事に思ってたんだと
やっとやっと理解できるようになりました
玄米ばっかり食べていたので
白米が残ってしまって今、大慌てです
週末、娘と息子が
LINEでビデオ通話して
画面の向こう側に父と母の
満面の笑みがありました
一年…
まったく会っていないから
この一年でずいぶんと
細胞は老けたんだと思いました
私が私の仕事をクローズすると言った時
母はなんで!なんで!!と
激怒しました…
うまく行ってるのになんで閉めるんだ!
子どもなんて預ければいい!!
子どもなんて預ければいい
この言葉はどうしても許すことが
できませんでした…
当時、息子はひどい中耳炎を繰り返し
同時に高熱をすぐに出す子でした
保育園に預けて自宅に戻るとすぐに
携帯に保育園から電話
お熱を出しちゃったみたいなんです…と。
予約で動く仕事だったので
どうしてもお断りできない枠だけをし
保育園にも無理を言って
そのまま預けてました…
急いでお迎えにいき、子どもクリニックに
頼み込んで診てもらう状況。
ある時、
同じ月齢のお子さんをもつ
耳鼻科医から言われた事が
やめるきっかけでした
『このままこんなひどい中耳炎を繰り返していたら聴力になんら問題が出てもおかしくないよ。そこまでしてやらなきゃいけない仕事なの?』
やめよう
もう…ここまでだ
時々、風を通しにいく自宅の2階にある
ちょっと変わった部屋を見るたびに
『ねえ、ここさあ、なんでシャワー室とか
変なベッドあんの?』と尋ねる息子。
あの時の選択に後悔はありません
