広い店の中を見渡せば、カリスマ美容師 雪哉が現れて、にわかに店内がざわめいた。
このヘアーサロンに足を運ぶのはほとんどが雪哉目当てのお客様だ。
いつ姿を現すか、お客様はいつも期待している。
いないな・・・。
お客様が騒がしくなったのも気にせずに、ぐるっと見渡すと受付の方へ移動した。
「遼平、杏梨 見なかった?」
受付でちょうど接客が終わった遼平に雪哉は尋ねた。
「杏梨ちゃんならネイルサロンにいると思いますよ 先ほどお客様がお帰りになったので」
「サンキュウ」
雪哉はネイルサロンに足を運んだ。
思いのほか杏梨はネイルサロンの雑用を気に入っているらしい。
きれいに爪を手入れされたその夜はずっと爪を見てウキウキしていたな。
杏梨がこの仕事を気に入ったのなら勉強させるのも良いと考えた。
ほぼ女性相手の仕事だから杏梨にとってやりやすい仕事なのかもしれない。
ネイルサロンのドアが少し開いていて中から話し声が聞こえてきた。
「可愛いから彼氏いるんでしょ?」
「・・・・いいえ」
少し間が開いて杏梨の声が聞こえた。
「本当に?若いからこれからよね~」
黒田さんの言葉に戸惑っている杏梨が目に浮かぶ。
雪哉は笑いを堪えてドアを軽くノックしてから中へ入った。
「あ、ゆきちゃん」
入って来た雪哉に気づき、杏梨は嬉しそうな笑みを向けた。
「黒田さん、順調そうですね」
オープンしてからだんだんと予約がいっぱいになってきている。
「ええ おかげ様で」
雪哉と琴美が話をしている間に、杏梨はテーブルのコーヒーカップをトレーにのせて部屋を出て行こうとした。
「あ、杏梨」
「え?」
呼ばれて振り向く。
「今日の夕食はいらないから」
「うん 了解」
「あら、じゃあ杏梨ちゃん 私と一緒に食べない?」
琴美は食事に誘った。
「え・・・」
杏梨がきょとんとした顔で雪哉を見る。
「いいですよね?雪哉さん」
一緒に食事をして仲良くなる。
それが琴美の今すべき事。
「あぁ もちろん 杏梨がそうしたいならばかまわないよ」
雪哉に促されて杏梨はコクッと頷いた。
「うん 一人で食べるのはつまらないから黒田さんと一緒に食べていくね?」
その夜、杏梨は琴美に美味しいと評判のピザハウスに連れて行ってもらった。
「ピザ大好きなんです♪」
熱々のチーズがとろけるピザをはふはふしながら口に運ぶ。
「気に入ってくれて良かったわ」
「生地もカリッとしていてたまらないです♪」
口の中が熱くなって氷がたっぷり入ったコーラをストローで飲む。
健次もピザが大好きだった・・・。
ツーッと涙がこぼれてきたのを不自然にならないように涙を拭う。
『姉さん 親父たちが居ないから今日はピザを頼もうよ』
元気な健次の声をどうしても思い出してしまう。
「もっと食べる?遠慮しないで良いのよ?」
お皿の上にはあと2切れしかない。
「もう良いですっ!お腹いっぱいでこれ以上入らないです」
両手を顔の前で振り、お腹がいっぱいだというようにジェスチャーをする。
可愛いのは認める・・・。
バカな健次・・・一度の欲望が・・・人生を破滅に追いやってしまった。
続く