(被害報告1-1から)

 Sさんとは日曜日の午後、駅で待ち合わせた。少し瘠せぎみの知的な雰囲気の女性だった。取材を受けるという緊張のせいだけでなく、どこか表情が画一的(といったらいいか)、そんな第一印象だった。

私たちは静かな喫茶店へ行き、窓際のカウンターに並んで腰をおろした。そして、Sさんからこれまでの経過を一通り聞いたあと、

「いま、何が一番つらいですか?」と訊ねてみた。

「以前の自分とは違ってしまったことかな」と彼女は答えた。

 感覚がない、というのがどういう感じなのか、彼女自身、自分の症状にぴったり当てはまる言葉がみつけられずにどこかもどかしげだった。

それは、たとえば、季節感がなかったり、時間の感覚がなかったり、空腹感、満腹感がなかったり、風が吹いて、ああ気持ちがいいという清々しさを感じなかったり、サッカーの試合に熱中するとことがなかったり、何に対しても感激することがない……。


「感動、感激というものは、頭の中ではわかっているんですけど、皮膚感覚のようなものがないんです。お笑い番組を見ていても、笑いはするけど、ただ笑っているだけって感じ……。

平坦なんです、感情が。浮き沈みがない。気分が落ち込むこともなければ、上がることもない。感激もなければ、悲哀もない。理性だけで動いている感じです。空腹感もないから、動物だったら死んでいるでしょう。人間なので、時計を見て、そろそろ食べなきゃっていうんで食べているだけ。すごくへんな感じです」

それだけではない。もともとの症状、不眠状態も、自分がいまよく眠れているのかどうかがわからないため、治っているのかいないのか、それさえはっきりしないとSさんはいう。

「夜になると一応横になってとりあえず目を閉じる。そして、翌朝、夢を見たような気がするので、たぶん眠ったのだろうということで起きあがるんです。熟睡の満足感もなければ、かといって寝不足の憂鬱感もない。時間になったら横になって、時間になったら起きるだけ。ロボットみたいです」


インターネットで、自分と同じような症状を探したが、どこにも見つけることができなかった。

国立精神神経センターで行った精密検査でも、どこにも異常は見つかっていない。もちろん、検査の結果から、主治医がSさんに投げつけるように言った「発達障害」も「人格障害」も否定された。

それにしてもSさんは、麻酔をしたとはいえ、電気けいれん療法まで受けている。

「怖くなかった?」

「うーん。でもこんな状態で生きているのと、これで死んでしまうのと、あまり変わらないなと思って。それならできるだけのことはしようと思ったんです」


 こんな状態で生きているのと、これで死んでしまうのと、あまり変わらない……。

「感覚」を失ってしまったSさんだからか、こんなことを口にするときさえポーカーフェイスのままなのだが、この言葉は非常に重い。

 たしかに追い詰められていた。

 家族に対しては特に変わった行動にでることはなかったが、彼女自身のなかには常に非常な違和感が存在しつづけた。

「これが一生続くのではないかと思ったら……、それで、自殺を図ろうと、ネットで大量に薬剤を購入したんです。でも、実行する前に、親にばれてしまいました」

 心配した両親が、評判を聞きつけてちょっと遠方の病院に行ってみるように勧めてくれた。理解ある先生だったが、「無感覚状態」になぜなったのか、原因はわからない。

そして、多少の睡眠導入剤と少量の抗うつ剤を処方されたが、明らかにうつ病ではないし、眠りについても薬が効いているようには思えないので、いまは何も飲んでいない。

「離脱症状? なんにもありません。私にとって薬は効果もなく、依存もなかった。ただ、私をこういう状態に陥れただけです」

「無感覚」という症状は多岐にわたる。

少し前インフルエンザにかかったが、39度の高熱がでているのにわからなかった。脱力感とか消耗するという感覚がないのだ。

「食べなきゃいけていけないから空腹になり、休まなければ生きていけないから眠くなるわけで、それがないと生物としてやっていけないはずです。でも、いまの私は本能的な欲求がほとんどない。一番つらいのは、そういう人間としての根本的なことが失われてしまったこと。もう以前の自分ではなくなってしまったことです。病気になっても具合が悪いのかどうかさえわからない。昔、喘息の発作を起こして死にそうになったこともありましたが、そっちの方がまだましのような気がします。生きているという感じがしますから」

神経のどこかが切れているか、脳が麻痺してしまったか……。


 Sさんとしてはどうしても原因をつきとめたかった。脳へのダメージと薬の因果関係まではわからなくても、せめて目で見て、脳にこのようなことが起こっているので無感覚になっているという科学的な裏付けがほしかった。そうすれば、治すこともできるかもしれない。

「それで、何か映らないかと思って大きな病院の脳外科に行ってみたんです。MRIをとったんですけど、先生の態度が、もう最初から、この子、頭おかしいから、そういうメンタル系の子はさっさと精神科へ行ってくれないかって、露骨に嫌な感じでした。そういう偏見で検査結果を見ているから、たぶん何かあったとしても見つからないでしょうね」

 あるいは大学病院や研究機関へ、こういう状態について何か知っていることはないかとメールで問い合わせてみたが、どこも丁寧ではあるが、実に素気ない文面で、そういう症状は聞いたことがない、という返事をよこした。

「メンタル系の問題だと、医療機関の人でさえ及び腰になってしまって、もう頭からわからない、わからないって感じですね」

 症状だけでなく、そうした周囲の無理解もSさんをさらに苦しめる結果になっている。


「もう一生治らないと思っています。だから、いまもうこれは治らないものと割り切って、これまでの生活を形だけでもなぞって、外側を繕うだけです」

こうした話をSさんは、じつに淡々と語った。それも一種の後遺症なのかもしれない。

Sさんは心理学専攻で大学院を出ている。心理学で多少薬の知識はあったにもかかわらず、こうした結果になったことも後悔の念を深めている。


それにしても、「無感覚状態」という日常は、いったいどんな感じなのだろう。人間は感情が生き生きと活動してこそ人間だと思う。怒り、悲しみ、そういう感情でさえ、生きている実感を人に与えるものだろう。それが失われてしまうとはどういう世界なのだろう。モノクロの世界、いや無色の世界か。

2時間ほどの取材のあと、Sさんから多少の笑顔が見えるようになった。それは本当に世間一般の28歳の女性の見せる若々しい笑顔には違いなかった。しかし、その笑いは、何かが途切れてしまっている笑いなのかもしれない。そう思うと痛々しさが胸に残った。


「一種類の薬だけだったら、こんなふうにならなかったと思う。いろいろなものを一緒に飲んだのがいけなかったんじゃないか」

 Sさんは自分の体が感じとる実感として、そう考えている。


 しかし、そもそもSさんは薬を飲む必要があったのだろうか?

 うつ病の兆候を示していないのに、抗うつ薬を処方され続け、効いていないのに睡眠薬を複数出され、症状が改善しないかぎり、薬の種類が増え続けた。最後は統合失調症の薬まで出されているのだ。


 医師はSさんの訴えに耳を傾けただろうか?

 本気で、治そうとしただろうか?

 彼女の訴える副作用について、真摯に考えてくれただろうか?

 どれもみな「否」である。

 「無感覚」を訴えると、医師は「それはあたなの妄想だ」と言ったという。

 妄想? 

 無感覚が妄想か? この状況でこんな言葉を使うこと自体、精神科の医師としての力量を疑ってしまう。

 では、なぜ、医師はこんな治療を行い、こんな態度をとったのか?

 Sさんを薬漬けの、リピーター顧客にするためか?

 それとも、単なるヤブゆえに、薬を出すしか能がなかったということか?

 そのへんのことが、いつも私にはわからないのだ。

  なぜ、精神科医はどいつもこいつもこうなのだろう?