先日、「母という呪縛 娘という牢獄」(斎藤綾著)を読了しました。



ブックオフに本を売りに行って、たまたま見つけて、書店だと立ち読みができませんがブックオフでは立ち読みできるんですよねてへぺろ


それで読んでたら引き込まれてしまって💦売れた金額よりも高い額のこの本を買ってしまいました。


これは小説ではなく、実際に起きた事件のルポルタージュです。


医学部を9浪した娘が母を殺してバラバラに解体して2018年に琵琶湖の河川敷でその遺体が発見された事件。


ご記憶の方も多いでしょう。


当時、医学部9浪というその年月の長さにも衝撃を受けました。事件当時あかり被告は31歳。


小学一年生だった子が中学三年生になるまでの年月、受験し続けていたということです。


その娘さんはなぜ途中で逃げなかったのか❓

気になっていろいろ記事を読んだりもしました。

看護師として働き始めたのなら、自立して母から離れれば良かったのではないか❓


とかね。


でもこの本を読んで、そんな簡単なことではなかったんだなとわかりました。


母親は酷い言葉を投げつけて精神的に娘をサンドバッグにするだけでなく、熱湯を太ももにかけるとか、背中を孫の手や鉄パイプなどで目標偏差値に届かない分叩くなど、身体的な暴力もあったらしく、にもかかわらず毎日30分から1時間もかけて娘にマッサージさせていたとあって、読んでいて胸が痛かった😭


家出も何度も企て、二十歳のときには就職試験も親に内緒で受けていたけれど、それすらも勝手に断られ‥


それでも彼女は27歳でようやく看護大学に入学する。友達もでき、サークルにも入り、バイトもして、母を旅行に連れて行ったりもしているんですよ❗️

「ようやく普通の母娘になれた」

そう思っていたのに、母は娘にまた「助産師になりなさい」と言い出す。

彼女自身には手術室の看護師になりたいという新しい夢が出来ていたのに‥


読んでいて、あかり被告には深く同情しました。


人は誰しも自分で自分の人生を生きたいし、そのために生まれてくる。


だけどどんな酷い親でも、子は母を愛するようにできているんだよね。

我慢して「いつか自分の生き方を理解してくれるかも」と思っていたのでしょう。


あかりが母を殺そうと思ったのは、九年に及ぶ医学部浪人を強制されたからではなかった。その「地獄の時間」を脱し、ようやく自分の足で歩こうとしたとき、またも母の暴言や拘束によって「地獄の再来」となることを心から恐れたのだ」


とあって、心の底から納得しました‥。


しかしこのルポルタージュの凄いところはそれで終わってないところです。


あかり被告が裁判や父の支援、刑務所での生活を受けて徐々に救われていくのがわかり、最後の章を読んでホッとし、涙が出ました。

父親を「空気のような存在、止まり木のような人」と思っていたし、母と一緒に心のどこかで馬鹿にしていたけれど、自分をなぜ変わらずサポートしてくれるのか?ときいたとき、父はただ「家族だから」と答え、それを聞いたあかり被告は初めて殺害を認めたそうです。(それまでは死体遺棄しか認めてなかった)


母親は「〇〇に合格しなければ娘ではない」と言い続けていたから、この世に自分に向けられた無条件の愛があることを知らなかったんですね‥。ただ、その差し伸べる手がもう少し早ければと私は思ってしまいます。


二審では懲役10年。


それが終わった時、彼女が生き直していけますようにと願わずにはおれません。