ちょっと間が空いてしまいました。映画「鬼滅の刃 無限城編」

猗窩座(あかざ)vs義勇and炭治郎


ここは、漫画で読んでいても感動したところでした。ネタバレしまくりでレビューしますのでよろしくお願いします☺️


猗窩座は「映画無限列車編」で終盤にちょこっと登場し、煉獄さんを死に至らしめた鬼ですが、戦いながら煉獄さんの強さに感動して、

お前も鬼にならないか❓

としつこく勧誘していた鬼です。

とにかく「強さ」を愛していて、どんなに鍛錬して技を磨いても、人である以上いつかは老いて、肉体は衰えるし、死は免れないので、「一番いい時期のその強さを永遠に保存しておこう。そして戦い続けよう❗️」‥と、あのときも脳筋的なことを饒舌に語っていました。

そして途中、炭治郎を守ろうとした煉獄さんに、

弱い者に構うなよ。」

といって、

この少年は弱くない❗️」

と言い返されてしまいました。


今回、猗窩座は義勇さんと炭治郎の二人と戦うわけですが、途中義勇さんがふっ飛ばされた後で、炭治郎の成長に目を見張り、

「杏寿郎は間違ってなかった。いい仕事をしてくれた。あそこで死んでよかったかもしれない。」

といってしまって、

「お前はもう黙れ❗️煉獄さんを語るな」と、炭治郎はキレてましたが、猗窩座からすると褒めているんですよね。


その後、義勇さんと二人で猗窩座の首を切ろうと頑張りますが、その最中、炭治郎は亡くなったお父さんのことを思い出します。


当時、人喰いの熊が出ると聞き、病弱だったお父さんが、家の周りに張り巡らせた鈴に熊が触れる音がして、夜中、家族の中で炭治郎だけをそっと起こすのです。

眠い目を擦りながらお父さんの後をついていくと、そこには巨大な熊が。怯える炭治郎の前で、お父さんが熊にまず

その線を越えることは許さない

と話します。しかし熊は嘲笑うようにお父さんの体を手で払おうとします。その瞬間、お父さんが斧で熊の首を落とします。

そして、炭治郎に「ちゃんと見たか?」と聞くのでした。


「あれは見取り稽古をさせてくれていたんだ。」と炭治郎は回想しますが、そのことを思い出したことで、猗窩座と戦う時に必要なものを思い出します。


この場面、漫画で読んだときも「わぁ~、凄い✨」と感じたのは見取り稽古という言葉でした。

炭治郎のお父さんは病でいつも死を覚悟していたからこそ、長男の炭治郎に、生きるための技を見取り稽古させた。炭治郎もまた、それをしっかり見て、心に留めておいた‥

まさに一子相伝ですね。


それを漫画では「透き通る世界」と表現していますが、人の身体の奥、筋肉の動きや血の流れまでも見えるような、凄い速さで動いているものの動きが手に取るようにゆっくりに見えるような世界です。


漫画やアニメの世界のことなので、もちろん筋肉の動きが見えることはないけど、人の動きを真似ようと真剣に練習したことがある人には、その感覚がわかるかもしれません。


たとえばダンスをやったことがある人は、お手本の先生の動きを初見では「えっ、今の動きどうやった❓」とわからないのに、回数を重ね何度も見るうち、何をどうしているのかはっきり見えるようになる瞬間を経験したことがあるでしょう。


先生の動きのスピードは変わらないので、こちらの脳の解析のスピードが上がったわけですよねウインクそして、他のスポーツや武道でもきっと、同じようなことはあると思われます。


お父さんとのことを思い出したことで、炭治郎は義勇さんと協力して猗窩座の首を落とすことに成功しました。


ここから猗窩座の回想に入ります。


初登場からしゃべると軽薄な感じの猗窩座ですが、猗窩座の過去は壮絶すぎて、多分どんな人でも涙なしには見ることができない😭と思います。


猗窩座の回想では、病身の父や師匠の娘、小雪を看病するシーンが多く出てきます。特に看病してもらう小雪が

ごめんね

と謝ると、猗窩座は

なぜ病人はいつも謝るのか。つらいのは病人のほうだろう。できるなら誰だって、自分のことは自分でしたいだろう。

と心の中で言うシーンは印象的でした。


この台詞は、誰かを看病して「ごめんね」と言われたことのある人なら、または言ったことのある人なら、胸を掴まれるでしょう。


鬼滅が何でここまで人気があるのかって、多分こういう細かいところを丹念に描いているところだと思います。人を線だけではなく、身体の中の骨や肉から描いてる感じかなぁ。


伯治(猗窩座)は強くて乱暴に見えるけど、心底優しい人だった。そんな人がどうして鬼にならなくてはならなかったのか‥。首を落とされた後、猗窩座は、どうなったのか。


その先はできれば漫画か映画でみてほしいな~と思います。


ちなみに、映画のエンディングがLISA様の「残酷な夜に輝け」ですが、これがまたね~、凄くいいんですよね💖


前半は鬼殺隊や炭治郎の気持ちが歌詞に入ってると思うんだけど、途中転調してからは闇落ちして鬼となった猗窩座視点なんだろうなと思います。でも、そこからまたもとの明るいアップテンポの曲に戻ったときの歌詞が


夢 見ていたんだ きみが側にいて 懐かしい青空を見上げてた 生きていることは 美しいんだと それだけでいいよと 笑ってた」


この歌詞聴いた時、猗窩座と小雪ちゃんが頭に浮かんで、また泣けてきました。猗窩座は鬼になっていたから、青空をずーっと見てなかったよね。この歌で猗窩座が浄化されたのが見えた気がします✨