先日、高市首相が

「睡眠時間が十分に取れていない」

とXに投稿されたことが

話題になっていましたね。

 

 

その投稿に対しては、
「そこまで頑張っているんですね」

という声もあれば、
 

 

「寝不足アピールでは?」

という声もあり、

さまざまな意見がありました。

 

 

 

その話題を見ながら、

私はあることを考えていました。

 

 

それは、

「頑張ること」が評価される文化です。

 

 

 

 

昭和時代に育った私たちは、

「努力は美しい」
「歯を食いしばって頑張る人ほど立派」

そんな価値観に触れて育ってきました。

 

 

もちろん、努力すること自体は

素晴らしいことだと私も思っています。

 

 

 

でも、いつの間にか
「頑張ること」が目的に

なってしまうことがあるんですよね…。

 

 

 

例えば、

子どものことを一人で抱え込んでしまう。

仕事を断れず、気づけば自分ばかりが頑張っている。

「私ばっかり…」と思う毎日を繰り返してしまう。

 

 

 

もちろん、環境の問題もあります。

だから全てが考え方だけで

決まるわけではありません。

 

 

 

でも、もし

「頑張らない私は価値がない」
「苦労しているから認めてもらえる」

そんな思い込みがあるとしたら…

 

 


無意識のうちに

頑張らなければいけない状況を

選び続けてしまう

こともあるんですね。

 

 

 

 

 

例えば、

”美味しいご飯を作る”ことが目的なら、

時間をかけたか、
どれだけ大変だったかより、

美味しいご飯ができたかの方が大切ですよね。

 

 

 

 

仕事も人生も同じで

どれだけ苦しみながら頑張ったか

ではなく、

 

 

自分らしく働けること。

心地よく過ごせること。

大切な人と笑顔でいられること。

 

 

それが本来の目的のはず

ではないかなって思うのです。

 

 

 

もし今、
「もっと楽しく生きたい」
「もっと自分らしく働きたい」

そう思いながらも前に進めないとしたら、

 

 

「頑張らない私は認められない」

 

 

そんな前提がないか?

一度見つめてみてもいいかもしれませんね。

 

 

 

自分を疲弊させてまで頑張ってしまうあなたへ。

どこから苦しい癖を抜け出したらいいのか?

こちらで一緒に見つめてみませんか?