「ちゃんとできないなら、

 やらない方がいい」

 

 

そんなふうに思ってしまうこと、ありませんか?

 

 

始めるなら、毎日ちゃんと続けたい。
話すなら、分かりやすく話したい。
やるなら、恥ずかしくない形にしたい。

 

 

その気持ちは、とてもよく分かります。

 

 

 

けれど、その“ちゃんと”の基準が

高くなりすぎると、
今度は出せなくなるんですよね…。

 

 

 

 

 

ママコミュでも、

こんな声がありました。

 

 

「60点の自分を許したら怖い事…

そんな中途半端じゃ

努力してるって言わない。

頑張ってない。

恥ずかしい…

そう思う自分が一番怖い

 

 

この言葉の中には、
ただ“頑張り屋さん”というだけでは

片づけられない苦しさがあると思うんですね。

 

 

 

 

本当は言いたい。
本当はやってみたい。
本当は関わりたい。

 

 

それなのに、

 

 

まだ足りない
まだちゃんとしていない
こんなの見せたら恥ずかしい

 

 

そんな声が先に出てきて、
自分の一歩を自分で止めてしまうんですね。

 

 

 

そして苦しいのは、
止まったことそのものよりも、

止まっている自分を見て


「ほらやっぱり私はダメだ」
 

 

と、さらに自分に×をつけてしまうこと

なのかもしれません。

 

 

 

 

けれど、ここで見ておきたいことがあります。

 

 

完璧を求める気持ちは、
怠けているから出るものではない
んですね。

 

 

むしろ逆で、


恥をかきたくない。
否定されたくない。
雑に扱われたくない。
ちゃんと向き合いたい。

 

 

そんな思いが強い人ほど、
中途半端な自分を出すことが

怖くなります。

 

 

 

だから、
「完璧じゃないとやれない」

その思いの奥には、
怖さや緊張や、
自分を守ろうとする気持ちが

隠れていることが少なくないんです。

 

 

 

実際、講座の中で彼女は、
「私の中では60点」と言いながらも、

怒りが湧いた場面で立ち止まり、
感情のままぶつけないことを

選ぼうとしていました。

 

 

完璧ではなかったかもしれない。
途中でまた感情が揺さぶられた場面もあった。

 

 

それでも、
前とは違う関わり方を選ぼうとした。

 

 

ここって、本当はとても大きな一歩なんですね。

 

 

けれど完璧主義が強いと、
100点じゃない自分を

「まだまだ」と見てしまう。

 

 

すると、
できたことがあっても

自分の中では無かったことに

なりやすいんです。

 

 

ここで必要なのは、
急に完璧主義を手放すことでは

ありません。

 

 

まずは、

60点でも出してみた
途中で立ち止まれた
前より少し選べた

 

 

そんな事実を、
きちんと数えていくこと。

 

 

それが、
自分との信頼関係を育てる始まり

になります。

 

 

 

 

完璧じゃないと意味がないと思っている時、
止めているのは能力ではなく、
思考の回路かもしれません。

 

 

もし今、

 

出したいのに出せない
やりたいのに止まる
途中の自分を見せるのが怖い

 

 

そんな感覚があるなら、

「100点じゃない私は、本当にゼロなのかな?」

 

 

そんなふうに、

自分に問いかけてみると

今まで見えなかった自分自身の

できているところにも目が向いて

少しずつ軽やかに動ける自分に

近づいていくのかもしれませんね。