前回
「圧倒的な差別化をするには」で、ゲーム性における差別化について触れましたが、
今回は
「ソーシャル性における圧倒的な差別化」
について少し考察してみます。
前回まとめたのは、
ソーシャル性=承認欲求と帰属欲求の充足
ということでした。
ここで一つ疑問に挙がりそうなので先に書きますが、
「対戦して他人に勝つのはソーシャル性に入らないのか?」
という部分です。
これについてですが、
「リアルな人間に対して競争し勝利すること」というのは「承認欲求の充足」に当たると考えています。
他者の能動的なアクションではないにせよ、事実上自分の存在が承認されるわけなので。
まあ分類上の問題なのであまり深く考えなくていいと思います。
で、そんなソーシャル性において
「圧倒的に差別化されたアプリ」
というのは、いったいどういうものになるのでしょうか。
ここまでの流れから導けば、
ソーシャル性が圧倒的なアプリ
=ものすごく承認欲求と帰属欲求が満たされるアプリ
ということになります。
では、この2つの欲求についてもう少し具体的に掘り下げてみます。
ソーシャルゲームにおける承認と帰属とは、どういうものになるのでしょうか。
■承認欲求を満たすもの
※端的にいって、自分が尊重されてると感じること
・他者からのお礼をもらう
・他者からの賛辞をもらう
など。
■帰属欲求を満たすもの
※受け入れられている、集団の一員と認められていると感じること
・他者から接触される(あいさつ、など)
・他者と同じチームでゲームを進行する
など。
と、簡単に例を挙げると上記のようなものがあります。
もちろん他にも色々とあります。
なお、お礼や賛辞をもらう例をあげると、
・他人にお宝をプレゼントしてあげる(怪盗ロワイヤル)
・チーム目標の達成のためにがんばってポイントをためる(探検ドリランド@GREE)
・大きな魚の魚拓を自慢する(釣りスタ@GREE)
などがあります。
さて、ここで差別化という視点に帰ってみると、要は
Ⅰ.ユーザー個人が、ものすごくたくさんの人からお礼を言われるような仕組みを用意する
※極端にいえば、「この人がいなかったらゲームオーバーだった!」
と思われるくらい、個人の活躍が全員の運命を変えるようなイベントなど
Ⅱ.同じく、ものすごく大きな賛辞をもらえるような仕組みを用意する
※他者の目から見たときに、学校のテストで一番をとるよりもスゴイかのようなことを
達成目標として置いたイベントなど
Ⅲ.他の人がものすごく高い接触頻度で絡んでくる仕組みを用意する
※丸一日ログインしなかっただけで、交流の履歴が流れてしまうような
Ⅳ.チームのもつ意味がものすごく大きい仕組みを用意する
※例えば自分がさぼったら仲間が全滅する、というような、
ネトゲ廃人を多数生んだことで有名な仕組み。
Ⅰに比べると心理的にはネガティブなアプローチと言える?
等々のような設計をすればいいのではないか、
ということになってきます。
こうしてみると簡単なようですが、
実際に設計をしてみようとすると、これが難しいです。
そりゃ簡単なら苦労しないよという話ですが・・・
例えば
Ⅰ.ユーザー個人が、ものすごくたくさんの人からお礼を言われるような仕組みを用意する
⇒そもそも、ユーザーが他人にお礼を言いたくなるほど
そのゲームにハマッていることが前提になる。
Ⅱ.同じく、ものすごく大きな賛辞をもらえるような仕組みを用意する
⇒多くのユーザーに「この賛辞は自分でも手が届くかも」と
思ってもらえるようなバランスで作らなければ、
そもそも大半のユーザーはその目標を達成しようという意欲を失ってしまう。
かといって簡単すぎると達成しても大した賛辞がもらえない。
Ⅲ.他の人がものすごく高い接触頻度で絡んでくる仕組みを用意する
⇒当然、接触頻度の高さのぶん、接触1回がもつコミュニケーションの意味は軽くなりやすく、
かといってその意味を重くしすぎるとユーザーにとって負担が多すぎて
ゲームから離脱する原因になってしまう。
Ⅳ.チームのもつ意味がものすごく大きい仕組みを用意する
⇒Ⅲにも似たようなことがいえるが、自分がそこにいることの心理的負担が大きいため、
ライトユーザーであればそのチームに参加することをためらってしまう。
結果、ヘビーユーザーだけの閉鎖的コミュニティになりゲームは過疎の方向に向かいかねない。
というリスクがあります。
このリスクを回避するポイントは、
そもそものゲームクオリティの高さ、またゲームバランスの秀逸さというところになります。
ゲームが面白ければ、その面白さ以上のストレスにならないかぎりは
ユーザーはゲームを続けてくれるわけなので。
つまるところ、ソーシャル性での圧倒的な差別化とは
「基本的なゲームクオリティの高さを元に、
ソーシャル性によって圧倒的にゲームの面白さを高める」
という、ゲーム性との掛け合わせでしか実現できないだろうというのが今回の結論です。
ちなみに弊社副社長のH高さん(敬称略さず)などは
「ソーシャル性は、あくまでスパイス」
と表現していたりします。
魔法のスパイスになりうることはあるが、
元の食材のうまみ以上の美味さは作り出せない、
ということですね。
今回は以上です。
ご意見等はツイッター@kesk777まで~
次回は改めて、ソーシャルゲーム企画の方法論を何か考察してみようと思います。
今回は
「ソーシャル性における圧倒的な差別化」
について少し考察してみます。
前回まとめたのは、
ソーシャル性=承認欲求と帰属欲求の充足
ということでした。
ここで一つ疑問に挙がりそうなので先に書きますが、
「対戦して他人に勝つのはソーシャル性に入らないのか?」
という部分です。
これについてですが、
「リアルな人間に対して競争し勝利すること」というのは「承認欲求の充足」に当たると考えています。
他者の能動的なアクションではないにせよ、事実上自分の存在が承認されるわけなので。
まあ分類上の問題なのであまり深く考えなくていいと思います。
で、そんなソーシャル性において
「圧倒的に差別化されたアプリ」
というのは、いったいどういうものになるのでしょうか。
ここまでの流れから導けば、
ソーシャル性が圧倒的なアプリ
=ものすごく承認欲求と帰属欲求が満たされるアプリ
ということになります。
では、この2つの欲求についてもう少し具体的に掘り下げてみます。
ソーシャルゲームにおける承認と帰属とは、どういうものになるのでしょうか。
■承認欲求を満たすもの
※端的にいって、自分が尊重されてると感じること
・他者からのお礼をもらう
・他者からの賛辞をもらう
など。
■帰属欲求を満たすもの
※受け入れられている、集団の一員と認められていると感じること
・他者から接触される(あいさつ、など)
・他者と同じチームでゲームを進行する
など。
と、簡単に例を挙げると上記のようなものがあります。
もちろん他にも色々とあります。
なお、お礼や賛辞をもらう例をあげると、
・他人にお宝をプレゼントしてあげる(怪盗ロワイヤル)
・チーム目標の達成のためにがんばってポイントをためる(探検ドリランド@GREE)
・大きな魚の魚拓を自慢する(釣りスタ@GREE)
などがあります。
さて、ここで差別化という視点に帰ってみると、要は
Ⅰ.ユーザー個人が、ものすごくたくさんの人からお礼を言われるような仕組みを用意する
※極端にいえば、「この人がいなかったらゲームオーバーだった!」
と思われるくらい、個人の活躍が全員の運命を変えるようなイベントなど
Ⅱ.同じく、ものすごく大きな賛辞をもらえるような仕組みを用意する
※他者の目から見たときに、学校のテストで一番をとるよりもスゴイかのようなことを
達成目標として置いたイベントなど
Ⅲ.他の人がものすごく高い接触頻度で絡んでくる仕組みを用意する
※丸一日ログインしなかっただけで、交流の履歴が流れてしまうような
Ⅳ.チームのもつ意味がものすごく大きい仕組みを用意する
※例えば自分がさぼったら仲間が全滅する、というような、
ネトゲ廃人を多数生んだことで有名な仕組み。
Ⅰに比べると心理的にはネガティブなアプローチと言える?
等々のような設計をすればいいのではないか、
ということになってきます。
こうしてみると簡単なようですが、
実際に設計をしてみようとすると、これが難しいです。
そりゃ簡単なら苦労しないよという話ですが・・・
例えば
Ⅰ.ユーザー個人が、ものすごくたくさんの人からお礼を言われるような仕組みを用意する
⇒そもそも、ユーザーが他人にお礼を言いたくなるほど
そのゲームにハマッていることが前提になる。
Ⅱ.同じく、ものすごく大きな賛辞をもらえるような仕組みを用意する
⇒多くのユーザーに「この賛辞は自分でも手が届くかも」と
思ってもらえるようなバランスで作らなければ、
そもそも大半のユーザーはその目標を達成しようという意欲を失ってしまう。
かといって簡単すぎると達成しても大した賛辞がもらえない。
Ⅲ.他の人がものすごく高い接触頻度で絡んでくる仕組みを用意する
⇒当然、接触頻度の高さのぶん、接触1回がもつコミュニケーションの意味は軽くなりやすく、
かといってその意味を重くしすぎるとユーザーにとって負担が多すぎて
ゲームから離脱する原因になってしまう。
Ⅳ.チームのもつ意味がものすごく大きい仕組みを用意する
⇒Ⅲにも似たようなことがいえるが、自分がそこにいることの心理的負担が大きいため、
ライトユーザーであればそのチームに参加することをためらってしまう。
結果、ヘビーユーザーだけの閉鎖的コミュニティになりゲームは過疎の方向に向かいかねない。
というリスクがあります。
このリスクを回避するポイントは、
そもそものゲームクオリティの高さ、またゲームバランスの秀逸さというところになります。
ゲームが面白ければ、その面白さ以上のストレスにならないかぎりは
ユーザーはゲームを続けてくれるわけなので。
つまるところ、ソーシャル性での圧倒的な差別化とは
「基本的なゲームクオリティの高さを元に、
ソーシャル性によって圧倒的にゲームの面白さを高める」
という、ゲーム性との掛け合わせでしか実現できないだろうというのが今回の結論です。
ちなみに弊社副社長のH高さん(敬称略さず)などは
「ソーシャル性は、あくまでスパイス」
と表現していたりします。
魔法のスパイスになりうることはあるが、
元の食材のうまみ以上の美味さは作り出せない、
ということですね。
今回は以上です。
ご意見等はツイッター@kesk777まで~
次回は改めて、ソーシャルゲーム企画の方法論を何か考察してみようと思います。