よく「仕事に正解はない」という言い方があるけど、
「正解」の定義によるなあと最近思う。

そもそもこの言い方は、

「テストで正解が存在する勉強ばかりしてきたから、
今の学生は物事に正解が必ず存在すると思い込んでる。
実際には正解なんて用意されてないから自分で見つけるしかないんだお」

みたいな文脈で使われることが多い。


でも例えば、投資ファンドをやっている友人なんかは

「資産が○○くらいで不良債権がそのうち××くらいあって
そこから現在価値を算出すると▲▲くらいで
この企業を再生させる方法はそうするとABCの3通りがあって
その中で今回のケースで最も適当といえるのはB案では・・・」


というように仕事をしているわけで、
そこでは

1.既存で知りえる情報 と
2.自力で新たに得た情報 と
3.過去の経験(企業or個人の)から導き出された確率 を
4.現状で最も客観的といえる判断 に基づいて
5.「正解」を導き出す


というフローで答えまでたどり着いていて、
その「正解」は、少なくとも科学的なもので、
良い結果になる可能性が最大化されているとともに、
反証されたとしても必ず、反証に基づく修正ができる。

要は、中長期的に勝つことができる(可能性が高まる)。


で、ここで自分(たち)の仕事を見直してみた際に、
「正解」を追い求めて考え、動くということを妥協していないか、
自問自答してみた。


1.既存で知りえる情報
→情報はすべて得ているか?
 ちょっと深堀りすれば、市場に出回っている情報で解決できないか?
 ex:類似アプリのスキームの研究・模倣

2.自力で新たに得た情報
→自社または自身でしか得られない情報を活用しているか?
 ex:日本最大のブログメディアの運営担当者に聞く、
   あまりメジャーではない自身の趣味からヒントを得る
   自分と違う業種の友人からヒントを得る

3.過去の経験(企業or個人の)から導き出された確率
→「今やっていることは新規すぎて経験などない」と思い込んでいないか。
 違うプラットフォームなら?違うスキームなら?学生時代の体験で得た直観なら?
 企業or個人が連続した社会生活のなかで存在している以上、
 全ての要素において全くの新規である事象、というものの存在は考えにくい。

4.現状で最も客観的といえる判断
→主観にとらわれてないか?事実に基づいて企画のヒット可能性を判断できているか?
 事実は十分な事例が存在するか?
 「まったく新しい発想だから類似事例は存在しない」というのは99.999%は嘘であり、
 そう思うのであればただのリサーチ不足であり怠慢。

5.「正解」を導き出す
→自分の中で勝手に「正解」を作っていないか?
 「正解」とは客観的な結果を生むための「正解」であり、
 自身を納得させるものでもなければ、ましてや上司を説得するものでもない。
 「正解」とは、自身が社会人であることを前提にすれば、
 社会的に何かの「結果」を生み出すことができるものであり、
 株式会社の一員としての「結果」とは「利益の創出」に他ならない。
 考えるのに疲れて思考停止せずに、ここを突き詰めなければならない。
 ※あえて「利益の最大化」とは言いまへん




とまあ、
まだまだ詰めていける部分はいくらでもあるじゃないかと思ったわけで。

※3と4は似てるけど、
3は過程における選択肢の作成、
4はその選択肢を実際に選択する際の判断についてです。



うーん、当たり前だけどまだまだやれることは多いなあ。



企画を考えていて、ちょっと考えをまとめてみたくなったので書きました。



なお、「客観的判断」とか書いていますが、
このブログの内容には主観が随所に含まれています。


「完全なる客観など存在するものか。
あるとすればそれは客観という名の神の主観だ。」


みたいな言葉を誰かが言ってたのを思い出しました。