注 : いつもリアルな生活のことは滅多に書かない私ですが、今日だけは書かせてもらってます。
けっこう重い話、悲しい話になります。 なのでスルー推奨します(笑)
あとで消すかもしれないし(笑)
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Kへ
浮かれた集まりの予定の朝、浮かれた気持ちでぐっすり眠る私を、容赦なく起こした朝7時前の電話。
母からだ。
こういう時、咄嗟に「何かあったのだ」とハッとなる。
普段、母がこんな時間に電話などかけてこないことを知っているからだ。
「何か良くない知らせに違いない」――― 咄嗟にそう思いつき、そしてすぐさま、
意識不明で入院している6歳上の従兄のことが頭に浮かんだ。
でも、意を決して電話に出た私の耳に飛び込んだのは、その従兄の名前ではなかった。
「Kが亡くなったよ!」
―― その後、母と何をどう話をしたのか、あまりはっきりと覚えていない。
とにかく、何とかして今日中か、明日の早朝までには帰るから、と母に告げたこと、それだけ覚えている。
色んなキャンセルの手続きや、新幹線の手配、初めての土地に不慣れな仲間のフォローのためのラインのやりとり、
やるべきことがいっぱいで、悲しみとか感じている場合ではなかった。
悲しみを実感出来ずにいた、が正しいのだろう。
忙しさに救われていたのだろうとも思う。
悲しみよりも、「信じられない、どうして?何で?」という気持ちのほうが強くて、
受け入れられずにいたのかもしれない。
その後は気持ちを切り替え、予定のイベントに参加した。
そしてそのイベントを途中で抜け出し、帰途についた。
そして今日、その従弟に別れを告げてきた。
思えば小さい頃、本当にしょっちゅうよく遊んだ従弟だった。
近くに割とたくさんのイトコたちがいて、うんと歳上のイトコ連中にも可愛がってもらったし、
歳の近いイトコ連中もみんな仲良くしていたけど、
特にその従弟は一番仲が良くて、大きくなっても会えば話が弾んだ。
兄弟姉妹のいない、一人っ子の私だったけど、小さい頃、本当に弟みたいに思っていた。
その従弟に前回会ったのは、3年前の彼の結婚式。
お互い遊びに行くね、と言い続け、なかなか実現できないまま3年もの年月が流れてしまっていた。
「そのうちに会おうね」――― そう言っても実際は実現できないことの方が多い。
「そのうちに」が実現しないのは、その人が突然いなくなってしまうなんて考えもつかないからだろう。
そして後悔する。今の私のように。
けれど誰が予想出来るだろう。
結婚式で久しぶりに会い、その次に会うのがお葬式で、なんて。
それも、その人自身の。
3年前の結婚式のあと、その従弟が高級な肉と共に手紙を贈ってくれた。
こっそりと多めに包んだ祝儀に対する礼だったのだろう。
そこには私の手料理を食べに遊びに行きたい、と書いてあった。
とても綺麗な字で驚いたのを覚えている。
その後電話で礼を言い、
「あんたの字があんなに綺麗だったなんて姉ちゃん知らなかったよ」なんて笑い、
そこでも「姉ちゃんの手料理食べに行くよ」と笑って言っていた。
家人の料理を食べたい、と言う人は多い。
でも、私にそんなこと言ってくれたのは後にも先にも(きっとこれから先も)彼ひとりだろう。
社交辞令でも冗談でも嬉しかった。
いくつになっても子供の頃のままに「XX姉ちゃん」と呼んでくれるのも嬉しかった。
結婚式で綺麗なお嫁さんを隣に幸せそうな顔を見て嬉しかった。
今でも信じられない。
どうして突然こんなことになってしまったのか。
いつも明るく元気な叔母の、あんなに悲壮な泣き声は聞いたことがない。
気丈に振舞う叔父も痛々しかった。
そして、一人では立っていられないほどのお嫁さんの姿はとても見ていられなかった。
暗闇に放り出され、そこから抜け出せずにいたのだろうか。
暗闇だと思っていたその場所も、顔を上げればきっと、いつしか太陽の光が見えたはずなのに。
けれど、今いる場所ならきっと、太陽の当たる場所を見つけられる。
そこにはもう苦しみもないから、心安らかにいられる。
そう信じている。
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けっこう重い話、悲しい話になります。 なのでスルー推奨します(笑)
あとで消すかもしれないし(笑)
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Kへ
浮かれた集まりの予定の朝、浮かれた気持ちでぐっすり眠る私を、容赦なく起こした朝7時前の電話。
母からだ。
こういう時、咄嗟に「何かあったのだ」とハッとなる。
普段、母がこんな時間に電話などかけてこないことを知っているからだ。
「何か良くない知らせに違いない」――― 咄嗟にそう思いつき、そしてすぐさま、
意識不明で入院している6歳上の従兄のことが頭に浮かんだ。
でも、意を決して電話に出た私の耳に飛び込んだのは、その従兄の名前ではなかった。
「Kが亡くなったよ!」
―― その後、母と何をどう話をしたのか、あまりはっきりと覚えていない。
とにかく、何とかして今日中か、明日の早朝までには帰るから、と母に告げたこと、それだけ覚えている。
色んなキャンセルの手続きや、新幹線の手配、初めての土地に不慣れな仲間のフォローのためのラインのやりとり、
やるべきことがいっぱいで、悲しみとか感じている場合ではなかった。
悲しみを実感出来ずにいた、が正しいのだろう。
忙しさに救われていたのだろうとも思う。
悲しみよりも、「信じられない、どうして?何で?」という気持ちのほうが強くて、
受け入れられずにいたのかもしれない。
その後は気持ちを切り替え、予定のイベントに参加した。
そしてそのイベントを途中で抜け出し、帰途についた。
そして今日、その従弟に別れを告げてきた。
思えば小さい頃、本当にしょっちゅうよく遊んだ従弟だった。
近くに割とたくさんのイトコたちがいて、うんと歳上のイトコ連中にも可愛がってもらったし、
歳の近いイトコ連中もみんな仲良くしていたけど、
特にその従弟は一番仲が良くて、大きくなっても会えば話が弾んだ。
兄弟姉妹のいない、一人っ子の私だったけど、小さい頃、本当に弟みたいに思っていた。
その従弟に前回会ったのは、3年前の彼の結婚式。
お互い遊びに行くね、と言い続け、なかなか実現できないまま3年もの年月が流れてしまっていた。
「そのうちに会おうね」――― そう言っても実際は実現できないことの方が多い。
「そのうちに」が実現しないのは、その人が突然いなくなってしまうなんて考えもつかないからだろう。
そして後悔する。今の私のように。
けれど誰が予想出来るだろう。
結婚式で久しぶりに会い、その次に会うのがお葬式で、なんて。
それも、その人自身の。
3年前の結婚式のあと、その従弟が高級な肉と共に手紙を贈ってくれた。
こっそりと多めに包んだ祝儀に対する礼だったのだろう。
そこには私の手料理を食べに遊びに行きたい、と書いてあった。
とても綺麗な字で驚いたのを覚えている。
その後電話で礼を言い、
「あんたの字があんなに綺麗だったなんて姉ちゃん知らなかったよ」なんて笑い、
そこでも「姉ちゃんの手料理食べに行くよ」と笑って言っていた。
家人の料理を食べたい、と言う人は多い。
でも、私にそんなこと言ってくれたのは後にも先にも(きっとこれから先も)彼ひとりだろう。
社交辞令でも冗談でも嬉しかった。
いくつになっても子供の頃のままに「XX姉ちゃん」と呼んでくれるのも嬉しかった。
結婚式で綺麗なお嫁さんを隣に幸せそうな顔を見て嬉しかった。
今でも信じられない。
どうして突然こんなことになってしまったのか。
いつも明るく元気な叔母の、あんなに悲壮な泣き声は聞いたことがない。
気丈に振舞う叔父も痛々しかった。
そして、一人では立っていられないほどのお嫁さんの姿はとても見ていられなかった。
暗闇に放り出され、そこから抜け出せずにいたのだろうか。
暗闇だと思っていたその場所も、顔を上げればきっと、いつしか太陽の光が見えたはずなのに。
けれど、今いる場所ならきっと、太陽の当たる場所を見つけられる。
そこにはもう苦しみもないから、心安らかにいられる。
そう信じている。
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