こんにちは
みずのじゅんこです♪
MOMEDの前のワークの中で
“お母さんのことを思い出してみてください”
みたいなのがあって
思い出した時に
6月に受講した
心屋の上級ワークショップで
思い出したことと
同じことが浮かんできました
私
「子どもの頃のネガティブな思い出」
みたいなことを言われると
頭に浮かぶ出来事が2つあって
1つは
小学校低学年の時に習っていた
エレクトーンのレッスンでの出来事
先生が1人に生徒が5~6人の
グループレッスン形態でした
みんなは
お母さんがレッスンに付き添っていて
教室の後ろにお母さんが座ってる
私のお母さんは
仕事をしていたので
レッスンを見に来てくれることはなく
私はいつも1人
「みんなみたいに、見に来てよ!」って
何度もお母さんに言ってたら
ある時
お母さんが見に来てくれた!
私、すごくうれしくて
なのに
その週はたぶん
ちゃんと家で弾く練習をしてなくて
その日はレッスンで
ぜんぜんうまく弾けなくて
お母さんに怒られるって思ったのに
レッスン後
お母さんは
そのことについて何も言わなかった
ああ、私、お母さんを失望させてしまった
だから、お母さんは
今日のレッスンでのことについて
何も言わないんだ
そう思った
この思い出は
心屋のマスターコースに行くまで
ずっと引きずってて
でも
マスターコースで
カウンセリングの練習の時に
私がこの話をしたら
練習が終わってから
相手をしてくれた同期さんが
これは自分の意見やけど
自分も仕事をしてたから
子どもの行事とか
あんまり見に行けなくて
だから
見に行けたときはうれしくて
だから
じゅんちゃんのお母さんも
下手さに失望したんじゃなく
ただうれしかったんと違うかな?
娘の演奏が上手かどうかとか
関係なく
めったに見れなかった
娘の習い事の様子を見られたことが
うれしかっただけなんじゃないかな?
だから
何も言わんかったんじゃないかな?
自分はそうやったから
子どもが上手にしてる姿でも
失敗した姿でも
子どもの姿を見れたことが
ただ、うれしかったから
そう言われて
私は大泣きした
お母さんの愛情を
信じてなくてゴメン
お母さんを
冷たい人みたいに思っててゴメン
それからは
この思い出は
子どもの頃のつらかった出来事
としてではなく
懐かしい思い出として
思い出せるようになったけど
私が今でも
人間関係で
「失望される」
「幻滅される」
「減点される」
とかを
怖がってしまうクセがあるのは
この出来事が原点なのかもしれないと
あらためて気づきました
つづきます
読んでくれて、ありがとう![]()
また来てね!


