多賀大社から2㌔弱えー
坂道を登りつつ…ショボーン

胡宮神社へ向かいまはしプンプン


胡宮神社  【このみやじんじゃ】

明治神社誌料によると「創建年代詳ならずと雖も、本社に赤染衛門の願文を藏するより見れば、少なくとも一條天皇以前の建立なること明らかなり、與地志略に多賀大社と関係ある由記たるに考ふるも、其の古社たることしるに難からず、降って北朝の文和2年、後光厳天皇濃州より還御の途次、足利義詮等の供奉にて當社に詣で給ひし事あり、當時社運の隆昌なりしこと以て推知すべし、されど文献の徴すべきものなく、其の後数百年間の沿革明らかならずと雖も、蓋し戦国乱離の世を経て社殿も漸く荒廢したりけむ、後水尾天皇の寛永15年に再建の擧ありしこと社記にみえたり」と記してあり、更に社伝によると、敏達天皇の勅願所で聖徳太子の創祀といわれ、鎌倉時代の頃から隆盛をきわめた敏満寺の守護神と祀られてきたといわれています。


建久の昔、俊乗坊重源が東大寺再興の砌り延寿の祈願をしたともいわれています。


江戸時代には福寿院が別当として支配し、安永より享和のころ僧声海世代の時には社運隆盛をきわめた、慶応4年神仏分離により、別当職を廃し、また、それまで多賀大社胡宮大明神と称していたのを明治2年、胡之神社と改称し、明治14年郷社、次いで同19年県社に列格し胡宮神社と称した。



社号標
高速道路の下にあるんですえー


鳥居
参道が数百メートル続いていて…
紅葉などがあり
秋の紅葉では真っ赤に染まるんです照れ


手水舎
細っそい龍キョロキョロ
水は勢いよく出てました照れ


拝殿
胡宮神社社殿は戦国時代に浅井長政・織田信長の兵火によって焼失した後、豊臣秀吉が再建したがこれも焼失ショボーン


現在の本殿は江戸時代初期の寛永15年(1638年)に多賀大社大改修の折、徳川3代将軍・家光によって再建されたものと云いますえー

祭神は「伊邪那岐命」(いざなぎのみこと)と「伊邪那美命」(いざなみのみこと)、それに「事勝国勝長狭命」(ことかつくにかつながさのみこと)を配祀します照れ


事勝国勝長狭命は一説にはシオツチノオジの別名とされる神ニヤリ

この祭神に関しては多賀大社との関係が深く示唆されますプンプン


『延喜式』の「近江国多何神社二座」とは多賀社・胡宮社両社の併称であり、多賀社に伊邪那岐命、胡宮社に伊邪那美命が祀られていたという説もあるようですよびっくり



狛犬
顔が…くちゃっと…びっくり


斎館
神職が神事の前にこもって身を清めるための建物プンプン



寿命石
重源上人は東大寺再興を願い延寿を胡宮神社で祈ったんだとかキョロキョロ



一時期、多賀社の末社とみなされていた胡宮社でしたが、社側はこれを否定、当社は多賀社の奥之院と称しての独立性を主張していますプンプン


明治2年(1869年)にはそれまで「多賀大社胡宮大明神」と称していたのを「胡之神社」と改称し現在に至っているんよえー



胡宮の磐座
胡宮神社の奥に聳える青龍山(標高333m)の山上に大きな岩・磐座があり、青龍山が神体山なのですプンプン


この磐座を深く信仰し、龍宮を祭り、長寿、豊作、雨乞の祈願をしたと言いますえー

磐座は胡宮の奥宮になります照れ


この磐座を麓から遙拝するための社殿が胡宮なんやってびっくり



磐座参道
磐座まで27分キョロキョロ
胡宮神社の奥宮の磐座への参道プンプン

行こうかと思ったんですが…

疲れそうやから…

やめた爆笑



めちゃ可愛いリスのオブジェ爆笑


神馬
神さまの乗り物・お使いとされ、交通安全や旅の無事、勝負運や開運などを祈る対象として信仰されています照れ



神輿蔵

中には神輿プンプン
お祭り時に来たいですね照れ


胡宮神社の境内には敏満寺跡もありますプンプン

敏満寺
敏満寺は聖徳太子の開基であるというが、実際は平安時代の貞観年間(859年 - 877年)から元慶年間(877年 - 885年)[2]に伊吹山寺の僧・三修によって創建されたといいます。


他にも慈証上人による創建などの説もあるが、この付近が東大寺領水沼荘であったことから、水沼荘と関係が深い敏満童子による9世紀末から10世紀初頭の開基の可能性もあります。


天台宗の寺院で、山号は清涼山とも青龍山とも呼ばれる平等院の末寺でした。

その後、一条天皇の時代よりも以前に敏満寺の東側にある青龍山にあった敏達天皇の勅願所で聖徳太子による創建であるとしている社が、敏満寺の境内に移転して胡宮神社が建立され敏満寺の鎮守社となっています。


鎌倉時代の頃から敏満寺は隆盛を極め、48伽藍120坊もの堂舎が立ち並び、その勢力は西明寺、金剛輪寺、百済寺の湖東三山と並ぶほどとなりました。


文和2年(1353年)には後光厳天皇が足利義詮とともに胡宮神社に参拝しています。


戦国時代、この近辺は六角氏と京極氏・浅井氏の大名権力の境目にあたり、所領地争いの最前線となっていた。そのため敏満寺は城塞化し、敏満寺城と呼ばれるほどになりました。

しかし、敏満寺も胡宮神社も永禄5年(1562年)9月4日に浅井長政による久徳城攻めの際に兵火にあって焼失し、その後復興するも元亀3年(1572年)3月には織田信長にと相次いで焼き討ちされてしまい、寺領も没収されて敏満寺は廃寺となりました。

しかし、塔頭の福寿院は焼け残って助かっている。一方で胡宮神社は天正13年(1585年)に豊臣秀吉によって本殿が再建され、敏満寺の本尊であった大日如来坐像を祀る大日堂が建立されました。


江戸時代になると寛永15年(1638年)に徳川家光によって老朽化した胡宮神社本殿や大日堂、観音堂などが再建されています。


この頃に福寿院は多賀大社胡宮大明神と称されていた胡宮神社を管理する別当寺となっています。


また福寿院は日光東照宮の配下とされて日光御配下福寿院とも呼ばれるようになりました。


福寿院は大和国の郡山藩主より扶持六十石を賜り、本尊の不動明王像は郡山藩の守護本尊とされました。

胡宮神社と福寿院は安永年間(1772年 - 1781年)より享和年間(1801年 - 1804年)の頃、僧・声海の時に社運は隆盛を極めた。慶応4年(1868年)に神仏分離令が出されると福寿院は胡宮神社から出て行くこととなり、建物を残して胡宮神社の北西に移転し清涼山不動院と名を改められました。


残された建物は胡宮神社の社務所となり、室町時代末期に作庭された福寿院庭園(現・社務所庭園、国指定名勝)も残されている。また、かつての敏満寺の名残りである大日堂と観音堂も残されています。

名神高速道路の真下に敏満寺の仁王門の跡があり、礎石が残ります。


敏満寺城跡は名神高速道路多賀サービスエリア(上り)にあり、土塁が残されています。



観音堂
元徳3年(1331年)の敏満寺一山目録書に本堂近くに観音堂があったと記されていますえー

福寿院の南寄りにあった時、寛永15年(1638年)に造営され、元禄12年(1699年)に修復されたのを寛政9年(1797年)ごろ福寿院別当 声海の時に現在地に移転されましたニヤリ



このご本尊は床下から突出している自然石にそのまま聖観音立像が彫られたものなのとかびっくり

地上の高さ1.86mだそうですよキョロキョロ


自然石に線刻された聖観音石像としては最も古く、鎌倉時代初期の作といいますプンプン


この聖観音像は聖徳太子が諸国巡回のとき、ここで奇石をご覧になり、石造の聖観音を自作されたという伝承があるようですびっくり





大日堂
永禄5年(1562年)9月4日、浅井長政は千年の伝統を誇る敏満寺を攻め、大半を焼失ガーン


火難を免れた本尊 大日如来や、仏像・文献は西麓原田の宝寿院へ避難えー

天正13年(1585年)、関白になった豊臣秀吉は霊場復興を願い、胡宮本社と大日堂を建て、宝物を安置照れ


寛永年間、三代将軍 徳川家光が大造営を行って再建したのが、この大日堂なんやって爆笑





庭園(国指定名勝)
室町時代末期の作庭で、書院から眺めるように作られている鑑賞式林泉園(かんしょうしきりんせんえん)ですニヤリ


社務所は、敏満寺(びんまんじ)の福寿院でしたえー

前方の池泉と後方の築山の調和が絶妙で、一部石組みが植え込みに隠れていますが、全体的に清楚で落ち着きが漂う庭になっています照れ


浮石を配した池には、この庭の中心である水月亭(すいげつてい)池に浮かぶように立っていますキョロキョロ


水月亭は瓦葺きの簡素なものですが、位置が心憎いほど所を得て、周囲との調和がすばらしい爆笑


また、築山には幾重にもサツキが茂り花が咲きほこる春ごろは華やかで美しい雰囲気に包まれます照れ


滋賀県多賀町敏満寺49



南彦根駅から1㌔ほどの所にある感動の肉と米 彦根店にランチで行ってきましたぁ爆笑

羽釜のご飯、味噌汁、牛しぐれ、キムチ、漬物などがお替り自由なんやって爆笑


券売機で購入して、まず溶岩プレートに乗った肉をトレイに入れてもらったら、ご飯、味噌汁、漬物などはセルフですニヤリ



みて〜チュー
このMENU爆笑
めちゃリーズナブル爆笑


ハラミステーキ  1200円
お肉に関しては赤身の塊肉なので、『柔らかで脂が溶けて〜』というようなステーキではありませんが、想定内のレベルニヤリ


熱々の鉄板で焼きながら食べれるのと、色んな薬味やソースがあるので楽しいですなぁ爆笑


ご飯もこだわりがあるようで、この価格帯にしては美味しい米照れ


肉そぼろを載せ卵かけご飯にしたり、ご飯メニューも楽しめます照れ


副菜にはキムチもありました爆笑


ステーキ以外はどれも食べ放題なので誰でもお腹いっぱいになると思いますニヤリ


ご飯ついつい2杯目もいってしまいましたウインク

高宮駅から691m
滋賀県彦根市高宮町1606-1