最後は

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徳正寺   【とくしょうじ】

「源義朝を討った長田忠致の末裔にあたる徳正道慶居士が永正10年(1513)、義朝の供養のため草庵を建て地蔵尊を祀ったことにはじまり、後に地蔵堂から徳正寺に改称。


文化・文政年間(1804-1829)伽藍が整備され、明治15年、瑞応秀苗大和尚が法地開山した。



山門
徳正寺は曹洞宗の寺院で、五十五番札所法山寺の湯殿で、丸裸の源義朝を殺害した長田忠致の末裔にあたる徳正道慶居士が、祖先の罪のつぐないのために小庵を結んだのが始まりなんなってびっくり



手水舎
こじんまりした手水舎ニヤリ
水…ないガーン


本堂
入母屋瓦葺の裳階構造のような屋根びっくり

本尊
大通智勝如来


大通智勝如来(だいつうちしょうにょらい)は、大乗仏教の信仰対象である如来の一尊えー
 
妙法蓮華経第三巻化城喩第七で説かれる如来とかキョロキョロ

この如来は古来如来形の大日如来と云われ印相は理拳印で種字はバンであり、法華経の本経儀軌に真言が説かれていない顕教の仏であるので真言はないとかえー

大通智勝如来には出家する前は王子で、さらに16人の息子(王子)がいたとかびっくり

その16人目の息子が釈迦如来の過去世の姿と言われているんやってニヤリ


弘法堂
コンクリート造りの入母屋平入の建物で、昭和47年(1972)に立てられたもので、黄色に塗られた外観が個性的やねびっくり


中央に弘法大師と脇侍を祀り、右側に菅笠姿の金色の大師像が多数祀られていました照れ



重軽地蔵
願い事を祈ってから地蔵像(または台座の石)を持ち上げ、思ったより軽く感じれば願いが叶いやすく、重く感じれば叶いにくいプンプン


毎度ながら…
重く感じる…ショボーン


地蔵堂
お祀りしている地蔵尊は、奈良の大佛を造営(745-752)されて有名な行基菩薩(668-749)の作とされるえー


子安地蔵の名の如く子授け地蔵、安産地蔵として信仰されてるんやって照れ


近年内陣には子孫繁栄、家内興隆、水子供養等を願い願掛け千体地蔵が奉安されているんよ照れ



行者堂
行者堂内には役行者の像が安置されていました照れ


役行者は、飛鳥〜奈良時代、7世紀ごろに実在したとされる山岳修行者で、本名は役小角(えんのおづぬ)と伝えられますえー


奈良県御所市あたりに生まれ、葛城山や金峯山などの山で厳しい修行を行った人なんよニヤリ

のちに、山での厳しい修行を通じて超自然的な力を得た呪術者、霊能者として語られ、鬼を従えたという伝説など、数多くの物語が生まれましたとかびっくり



お地蔵が石の上で修行中ですかねニヤリ


慶亀尊天
大きな亀の甲羅の上に六角柱の石標が立てられている、なんでもかつて波打ち際に打ち上げられた海亀を祀ったものだとかびっくり


武豊の町は浦島太郎伝説が伝わり、竜宮の地名や龍宮神社に浦島神社もあり、そうしたことから海亀も祀られたのかもしれませんね照れ



蛇車山車舎
山車庫の扉は閉じられ、山車は見られませんが扉に解説が掲げられていましたキョロキョロ


この蛇車は、7月中旬の土日に行われる「大足蛇車まつり」で地区内を曳き回されますえー


山車は豊石神社に曳き込まれ、上山の上から竜の口になぞらえた手筒花火を左右に振る「蛇ノ口花火」を奉納プンプン


山車の建造年は寛政8年(1796)、阿久比町の宮大工初代善兵衛の作で、天保10年(1839)に大足地区が譲り受けたものなんやってニヤリ



知多四国八十八ヶ所霊場 第24番札所
愛知県知多郡武豊町字里中92



帰りにえー
京都駅の上りホームにある麺家上がもさんにて夕食を照れ



鶏天うどん 630円とミニカレー
「鶏天うどん」の具はゴロッと大きめサイズの鶏天が3個と蒲鉾、ネギ照れ


うどんは自分好みのコシの強さでズルズルと食べ易い喉越しやぁ爆笑


出汁は透明あっさり系で良い優しいお味です照れ


鶏天はプリンプリンでジューシー爆笑

勿論美味しかったです照れ

出汁を最後の一滴まで飲み干し完食しました爆笑


カレーはお出汁が効いたマイルドながら良いお味で美味しい…照れ

JR京都駅・在来線上り2、3番線ホーム