大山寺からえー
次は西國寺へプンプン

西國寺  【さいこくじ】

西國寺は天平年中、行基菩薩創建と伝えられ、真言宗醍醐派の大本山です。

ある日、尾道に立ち寄られた行脚の中の行基はその夜、加茂明神の霊夢を見て、その御告げによってこの地に開山したと言い伝えられます。

時は西暦729年のこととされています。1066年に本堂炎上、行基作の本尊薬師如来も焼滅しましたが、永保元(1081)年、平安朝白河天皇の勅命により再建今に至ります。 


伽藍の規模は正に西国一という意味を込め、西國寺と名付けられました。



寺号標
尾道三山の一つ愛宕山(あたごやま)えー
その山腹に大伽藍が広がる西國寺は、境内の平地面積15700平方メートルに及びますプンプン

観光尾道のシンボルとされる長さ約2メートルの大草履の仁王門をくぐり、108段の石段を登れば、緑の中に朱塗の金堂・三重塔・大師堂・不動堂・持仏堂等が並び、さらには幕末の哀歌を語る大方丈と華麗な密教伽藍を配し、眼下に横たわる尾道水道と共に、絢爛たる一大絵巻が四季折々に展開されますニヤリ



仁王門(県重要文化財)

室町時代末期の桜門形式の仁王門ニヤリ


元文5年(1740)尾道の豪商泉屋新助による大修理の棟札があるびっくり


また扁額「摩尼山」は小松宮彰仁親王の筆跡もキョロキョロ

仁王像も山門と同時代と思われますねニヤリ

小松宮彰仁親王は京都・仁和寺の第30世門跡となったお方ニヤリ

また戊辰戦争では奥羽征討総督、佐賀の乱では征討総督、西南戦争では旅団長、明治時代には陸軍大将に昇進し、日清戦争では征清大総督に任じられたお方でもウインク

さらに1877年の西南戦争時に戦争負傷者救護団体・博愛社を創立し、初代総長となった人なんやってえー

ちなみに博愛社は後の日本赤十字社なんよニヤリ



仁王門には西国寺のシンボルであります大草鞋が掛けられていましたびっくり

大きさは約2m!びっくり

大草鞋の下には、参拝者が奉納したたくさん小草鞋が掛けられてるキョロキョロ

尾道は坂の町として知られていますえー

尾道にはたくさんの坂道や階段があるため、住民たちは仁王さんのたくましい足にあやかって、健康・健脚を願い、仁王門へ大草鞋を奉納したといいます照れ

それが草鞋奉納の始まりといわれていますえー

現在では健康・健脚を願う人の他に、スポーツ選手などからも信仰されてるんだとかニヤリ

ちなみに、尾道にはサイクリストの聖地・しまなみ海道がありますウインク

そんなこんなで、草鞋奉納は自転車乗りの方に人気なんだってニヤリ



手水舎
手水鉢は昭和59年に御本尊・薬師如来の御開帳ならびに弘法大師御入定1150年御遠忌を記念して奉納されたもののようですえー

よく見たら龍が睨みをきかせていますねニヤリ



手水舎part2チュー



金堂(重要文化財)

行基菩薩の開基と伝えるが、度々の火災により焼失し、現在の堂は南北朝期、備後の守護山名一族によって再建プンプン


和様を基調とした折衷様式で来迎壁は再建当時の壁面と思われるんよえー


内陣の漆塗、春日厨子は唐様をまじえて美麗なものです照れ

なんと、このお堂は1386年に備後国の守護大名・山名氏が建立した国重文プンプン

御本尊は国重文で秘仏の薬師如来えー

寺伝によると,讃岐・善通寺から迎えた弘法大師の七仏薬師の1つといわれてるんだとかえー



英霊殿
西國寺境内真景図に経蔵とある金堂前西南の建物が現在の英霊殿えー


宝形造の露盤上焔光をもつ宝珠も美しく屋根に映えていますね照れ


内部は本格的な輪蔵になっており、経典の代わりに英霊の位牌が祀られているんよウインク



108段の石段と仁王門、しまなみ海道・尾道大橋も見えますね爆笑



加茂明神社
729〜749年、行基が加茂明神のお告げにより創建したのが西国寺の始まりといわれていますプンプン



袴腰鐘楼
建立年は定かではありませんが、均整のとれた美しい鐘楼でした照れ



お庭もあるんやねびっくり


十二佛霊場もびっくり

何でもありますねニヤリ


景色を覗き見る穴 「空環宝珠」というのもびっくり


尾道水道を挟んで向こう側に見えるのは向島照れ



可愛いお地蔵様が手を出しえー
金くれ!って言ってますね爆笑



金堂右奥におられるお地蔵様は、「子もらい地蔵様」や「子授け地蔵様」といわれ、子宝のご縁を結ぶといわれるお地蔵様です照れ



力石
尾道は一千年の港町です。港では荷物の上げ降ろしに多くの人が働いていましたえー


その中でも力自慢の人たちが、この石を持ち上げて競い合いましたプンプン

 

石の表面には、持ち上げた人の名前が刻まれていますキョロキョロ



また手水舎キョロキョロ
それにしても、スゴいんですよ、彫刻が爆笑



本坊
こちらで生活をおこなってるんですねニヤリ



持佛堂
金堂の右横石段を上ると、千光寺山域より元禄年間移建したと伝える唐門があり、さらに持仏堂に向かって進むと本玄関があるえー


これも唐破風の屋根を持っていて、大きな規模の持仏堂にふさわしい玄関照れ


持仏堂の内陣には両部曼荼羅が正面左右にかけられていて、大日如来坐像を本尊なんです照れ



大師堂
金堂の裏、高い石積みで画定された台状地がこの大師堂や弥勒堂・毘沙門堂・不動堂・持仏堂・本坊(庫裏)のある広い寺地びっくり


大師堂は左手正面に東面して建てられていて、盛んな大師信仰の行事が行われる場でなんやってニヤリ



青銅大不動明王
ご利益

災難除け・厄除け・勝負運・立身出世・煩悩退散・家内安全など



毘沙門堂

三間四面宝形造の堂であるが、正・側面に連絡用の回廊をつけ背面など改変された部分もあるキョロキョロ


内外陣を仕切る切目縁を巡らし正面中央に本尊毘沙門天、左右脇檀に吉祥天、善膩師童子を安置してました照れ



三重塔(重要文化財)

「塔婆勧進帳」(県重文)によると、永享元年(1429)足利六代将義教によって建立されたことが知られてるんだとかえー


復古式建築の純和様の重量感ある美しい塔照れ


二重三重の隅瓦に天正4年(1576)10月の屋根修理銘のヘラ書があるんだとかびっくり


建立当時のものと思われる如意輪観世音菩薩像を本尊とし極彩色の四天王を配するんよ照れ



九頭龍権現
水の守護神としての五穀豊穣・雨乞い、縁結びや良縁成就、金運・開運、災難除けなど現世利益全般に強いご利益がある神とされています照れ



三重塔からの眺めも最高でした照れ


十王堂
堂内には閻魔王を中心に極彩色の十王の像が左右に安置されているえー


近世には十王信仰を反映して石像や半肉彫の十王石碑が建立されているが、彩色の木彫像は数が少ないをよニヤリ



広島県尾道市西久保町29-27



尾道を代表する名店・桂馬さん照れ
魚は朝どれの新鮮なものを使用し、化学調味料・保存料は不使用えー


今や練り物は添加物だらけで、無添加のものは少ないよショボーン


創業大正2年(1913年)えー
「屋号の由来」
桂馬の屋号は、106年前に当店を創業した初代・村上桂造の名の一文字”桂”と、干支の”馬”を合わせて出来たものとかびっくり


また、初代が将棋を好み、桂馬は数ある駒の中でも個性的な動きをする事から
「桂馬のように控え目だが存在感のある店でありたい」という事も由来の一つなんやって照れ



桂馬ドック  300円
外にあるレンジでチンすると熱くて美味しくなります爆笑


桂馬ドックはアメリカンドックの桂馬蒲鉾版えー


コンビニで売っているようなアメリカンドックの外と違い柔らかくてふわふわ照れ

美味しいですニヤリ



ソーセージじゃなくてえー
蒲鉾爆笑

尾道駅から371m   
広島県尾道市土堂1丁目9-3