知多四国八十八ヶ所霊場 第19番札所へ向かいますプンプン


光照院   【こうしょういん】

光照院は浄土宗浄楽寺の末寺で、創建は安土桃山時代の慶長10年(1605年)、空念専慶上人により開創されました。

伽藍は弘化4年(1847)に再建、明治40年(1907)弘法堂建立、平成23年(2011)には庫裏をはじめとした伽藍整備が行われています。



山門
天保6年(1836)の火災では観音堂とこの薬井門だけが難を逃れたとのことびっくり



手水舎
長閑な感じが良い雰囲気を出してますね照れ


本堂
本尊
阿弥陀如来
「南無阿弥陀仏」と称えるすべての人を極楽浄土に迎え入れ、苦しみから解放し安心を与える救済とされ、あわせて現世では心の安穏・不安の軽減・病気平癒や長寿祈願などの功徳があると信じられています照れ



明治二十三年、陸海軍大演習が半田地方で挙行された時、大本営と隣り合って、光照院の書院がその関係高官の寝舎となり、半田市史にも明示される程の寺歴となり、その書院は今も信徒の集会場として使用されていますえー



くるま六地蔵
なぜ六体か?というと、六道輪廻の思想から六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天)をそれぞれの地蔵さんが救済してくださるのだそうですえー


また、交通安全を祈念して、「くるま六地蔵」というそうですよ照れ



観音堂
慶長(1596-1615)以前には創立されていたものとされ、本尊聖観世音菩薩は八幡宮(業葉神社)の地佛として社と同時期に建立し、当初は八幡社の社務を務めていたが、徳川時代に光照院の付属となったとかえー


天保6年(1836)12月、光照院は観音堂と山門を除き焼失、この際に書類や什器なども悉く灰と化したショボーン


その後、伽藍が再建されるのは弘化4年(1847)という、伽藍にあって最も古いのがこの観音堂なんやってえー

聖観世音菩薩が安置されているそうですが、秘仏とかで…見れんえーん


「聖観世音菩薩像」について、聖徳太子作や漁師の網にかかったものなど口伝があるようですが、その部分に関して、半田市誌・半田町史にはそうした記録はなかったキョロキョロ


この解説には藤原期から鎌倉期の作とあるので、聖徳太子作とするには少し無理がありそうですねえー



賓頭盧長者
正面から外陣に入ると最初に目にとまる像が賓頭廬様ニヤリ


お釈迦様の弟子、十六羅漢の一人で、神通力(修行者が得られる超能力に似た力)が大変強い方とかびっくり


お釈迦様から人々を救うことを命じられた説話から、いち早く駆けつけられるように外陣にいらっしゃいますニヤリ



前鬼と後鬼を従えた役行者びっくり
7~8世紀に奈良を中心に活動していたと思われる、修験道の開祖とされている人物えー

「役小角(えんのおづの)」がその本名であると言われ、またほかに「役優婆塞(えんのうばそく)」、「神変大菩薩(じんべんだいぼさつ)」、「山上様(さんじょうさま)」などの呼び名がありますえー

役行者が、7~8世紀に実在したことは確かなようですが、生没年など詳しいことは不明ショボーン


もっとも、伝説の多くは、舒明天皇六年(634)1月1日に大和国茅原にて生まれ、大宝元年(701)、68歳の時に「没した」のでなく、「昇天した」としていますニヤリ


いずれにせよ、この世の人でなくなった、ということでしょうえー

「役優婆塞」とは、平安初期に成立したと目されている『日本霊異記』における役行者の呼び名プンプン


優婆塞(うばそく)とは、サンスクリット「upāsaka(ウパーサカ)」の音写語で、「在家仏教信者」を意味する言葉です。役行者は、僧侶ではなく、在家仏教信者として修行した人えー

「役行者」という呼称は、平安期に入ってから使用されだしたもののようですねキョロキョロ


それ以前の奈良時代には、「役君小角」と一般に呼ばれていたようですが、詳細は不明ショボーン

「神変大菩薩」とは、盈仁(えいにん)法親王がつとめられた「役行者一千百年御遠忌」を機に、聖護院門跡に三年間仮御所を置かれいた光格天皇が、寛政十一年(1799)、役行者に贈った諡号(しごう)ですえー

 

諡号とは、僧侶や貴人などの死後に、その生前の行いを尊んで朝廷から贈られる名ニヤリ

さて、役行者にまつわる伝説は、大変多く残されており、それらが記された書物なども数多く伝わっていますえー


それら伝説のなかで、役行者は、不思議な力を駆使して空を、野山を駆けめぐり、鬼神を自在にあやつった人とされていますニヤリ

伝説には、奇想天外にすぎて、現代的には到底信じがたいようなものが多くありますえー


しかし、いずれにせよ、役行者とは、数々の不可思議な事績をのこした偉大な修行者、修験道の開祖として崇められてきた存在プンプン

しかし、そのように伝説に彩られた役行者ですが、それが実在の人物であったことを確認できる正史と言われる史料は、非常に限られていますえー


いや、たった一つで、しかもわずか数行でしかありませんプンプン


平安初期に編纂された、『続日本紀(しょくにほんぎ)』にある記述がそれですえー



なんか…
凄い事になってる木びっくり
なんか…住んでると思うプンプン


弘法堂
方形瓦葺の木造の重層建築で正面に一間向拝が付くえー
堂は明治時代に立てられたものとか照れ


札所の本尊として延命地蔵菩薩が中央に安置されていて、大師像は延命地蔵菩薩の右側(向かって左)に安置されていますニヤリ



抱き上げると願いを聴いてくださる「抱き大師」です照れ



観音様
人々のあらゆる苦しみの声を聞き取り、救うことを誓った菩薩「観音(観世音・観自在)菩薩」の尊称で、日本では古くから最も親しまれてきた慈悲の仏さま照れ



知多四国八十八ヶ所霊場 第19番札所
愛知県半田市東本町2-16




半六庭園
半六とは、江戸時代に海運業・醸造業でさかえた名家・中埜半六のことえー

 

半六が愛した中埜家の庭園を一般の方に公開し、観光のおもてなしの場となっています照れ


4つの蔵の黒壁をきれいに塗り直し、トイレや東屋も設置されているので、散策や休憩にぴったりなんよ爆笑


ちなみにこの回遊式の日本庭園は、海が近かったこともあり、海水を引き込み、潮の干満に合わせて泉水の水面が上下したといわれていますびっくり



美味しいバウムクーヘンを探していたら見つけたお店のばぁむくぅへん研究所さん照れ


名前の通りバウムクーヘンに特化した専門店みたいでこだわりの手作りバウムが食べられるお店!爆笑
半六庭園の中にありますニヤリ



CUPバーム  500円
基本のバウムクーヘンO2とカカオ味噌、抹茶の食べ比べとなっていて、どれも甘すぎず素材の味が活きていますえー


甘さ控えめな分、カカオ味噌味と抹茶のバウムクーヘンは塩味を少し強く感じました照れ


油分が少なくふわっとした食感でおやつなどにちょうど良かったです照れ

半田駅から386m
愛知県半田市中村町1-7 半六庭園