JR多治見駅から南へ徒歩10分程度えー

新羅神社からスタートだぁ爆笑


新羅神社  【しんらじんじゃ】

奈良時代又は平安時代に遡ります。


田只味(多治見)郷に産土神(地元の神社)として 田只味明神の名でご鎮座しました。

(今の新富町・上町辺りの土岐川沿い)

鎌倉時代には、土岐氏(源氏)に庇護されたこともあり、八幡神(武士の神様)も勧請しました。


この当時の地元の武将として有名なのが 多治見国長公です。


しかし、その後の源氏衰退により、神社も衰微していきました。


室町時代に入り、主祭神となる素戔嗚尊(すさのおのみこと)様を新たに勧請し、新羅明神と名を改め、併せて現在の御幸町に遷座しました。



社号標
郷社キョロキョロ
郷社は、1871年(明治4年)に太政官布告によって制定された社格制度において、「諸社」の一つとして位置づけられましたプンプン


諸社は官社以外の神社を指し、府県社、県社、郷社、村社、無格社に分類されたとかえー

 

府県社に次ぐ格とされ、地域の人々から広く崇敬される中心的な神社だったとかキョロキョロ


この社格制度は、第二次世界大戦後の1946年(昭和21年)2月2日に、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)による神道指令によって廃止ガーン


しかし、現在でも「旧郷社」として、その歴史的な位置づけを示す目安として用いられることがありますえー


郷社は、その地域の産土神を祀り、地域住民の信仰の中心となっていました照れ


明治政府は、郷社を氏子を管理するための特定の行政機能を持つものとして位置づけてしたんやってびっくり



鳥居から拝殿までの参道照れ


手水舎
花手水ですなぁラブ


厄除橋
この橋を渡ることが、心身を清め、新しい一年の災いを祓う第一歩になると伝わっていますプンプン



拝殿
現在の社殿は、1848年(嘉永元年・江戸末期)に建てられましたプンプン


細部まで丁寧に施された彫刻が目を引きますねびっくり


伝統的な技法による装飾は見応えがあり、建築美の面でも高い評価を受けています照れ
また、近年には専門家による調査や保存修理が行われ、歴史的価値を大切にしながら受け継がれてきましたニヤリ


厄払いや開運祈願とともに、“鑑賞する価値”も持っています照れ

御祭神
建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)
八王子神(ハチオウジノカミ)
八幡神(ハチマンノカミ)
西之宮大神(ニシノミヤノオオカミ)

平安時代前期ごろには、田只味(たじみ)郷の産土神として、田只味明神(八王子神)を祀りますえー


当時は、槇ヶ根(今の新富町・上町あたり)にあったそうですよびっくり


鎌倉時代には八幡大神を合祀し、豪族・多治見氏などから崇敬を集めますが、正中(元亨?)年間の多治見国長による挙兵失敗により、次第に衰微ショボーン

その後、応永年間(1394-1428年)に山城国(八坂神社かな?)から素戔嗚尊を勧請し「新羅三明神」にニヤリ


今の社名「新羅神社」には、明治以降になったということとかキョロキョロ

新羅神社の御祭神・素戔嗚尊は「家庭円満」の神様とのこと照れ


厄除けや疾病除けのご利益でもよく知られている神様なんよニヤリ



狛犬
大きい鼻と大きい口の狛犬さんニヤリ


多賀社
伊邪那岐神・伊邪那美神

ご利益
延命長寿



稲荷社・御鍬社

稲荷社
ご利益
商売繁盛、家業繁栄

御鍬社   
ご利益
五穀豊穣



福を招く 恵比寿様・大国様の石像照れ


にこやかな 恵比寿様・大国様の石像が温かく迎えてくれます爆笑


職人が“表情にこだわり、三度彫り直した”という逸品で、福々しい笑顔にこちらも自然と笑顔に照れ

恵比須様は鯛を、大国様はお腹を撫でてからお参りすると、願いが叶うと言われているそうですよ爆笑



御神籤を付ける所はハート型照れ
縁結びにご利益がある神社なんやね爆笑


岐阜県多治見市御幸町2-99



春日井市にあるえー
カフェムクさんに朝食を照れ
最寄駅は高蔵寺ですえー



モーニングの種類は豊富びっくり



「トーストモーニング」+0円に照れ
サラダ、ロースハム、ゆでたまご、ヨーグルト、半トーストという、ドリンク代のみのモーニングセット爆笑


これはなかなかお得な内容やなぁキョロキョロ


トーストは半分ながらも焼き目もきれいですニヤリ


ロースハムがついてるのがまた素晴らしく、はちみつ入りのヨーグルトが良かったなぁ照れ

珈琲は酸味よりもコクを感じる味わいえー


豆から挽いて出来立てを持ってきて頂いたのですが・・・えー
なぜかめちゃぬるい・・ガーン
ちと残念な気分に・・・ショボーン

高蔵寺駅から1,794m
愛知県春日井市不二町3-6-7