今回は愛知県の清州市へ照れ
まずはお猿に会いに日吉神社へ向かいます爆笑

清洲山王宮 日吉神社 
【きよすさんのうぐう ひよしじんじゃ】

光仁天皇の御世、宝亀二年(西暦七七一年)、尾張地方に疫病が流行したので、人々が素盞鳴命を大己貴命と合わせて祀り、病災除去の氏神としたのが発祥です。


その後、大同二年(西暦八◯七年)、平安時代の官人、橘逸勢(たちばなのはやなり)が社殿を建立、また、伝教大師による天台宗の布教とともに神仏習合の説が広まり、山王宮と称されるようになりました。

一方、傀儡の人々には、当社が日本で唯一の本来の山王宮であり、「古山王」という舞が当社で舞われていたという伝承があります。

十三世紀末には当神社の興隆著しく、社殿を修築し、祠官を定め社領が奉納されたと伝えられています。


尾張の国府が清洲に移されてからは、清洲総氏神として信仰を集め、四千坪以上の境内地に荘厳な社殿を構えていました。


天正八年(西暦一五八◯年)、清洲城代織田信張公は、近江坂本の日吉大社より大山咋神と摂社二十一社を勧請し、現在まで伝えています。

また、尾張藩第四代藩主徳川吉通公は当神社の御分霊を稲荷社とともに、現在の名古屋市古渡町に山王稲荷として奉斎し、その御分霊は現在、当神社の境内末社として祀られています。

明治以降、社名を山王宮から日吉神社と改め、旧社格制度のもとでは、県社として尊崇されました。



鳥居
天下を取った三英傑に御縁のある逸話が伝えられており、戦国時代の武将織田信長公は、当神社(当時は山王社)の神前にて火起請(ひきしょう)という裁判に立ち合われたと伝えていますえー

尾張で生まれたといわれる豊臣秀吉公は、生母(大政所)が日吉神社に祈願し授けられた神の子であり、身のこなしが当神社の神の使いである猿に似ていたと伝えられているんよキョロキョロ

そして、秀吉公の妻ねね(北の政所)は、清洲町朝日出身の母とともに、日吉神社を深く崇敬し、三十六歌仙の歌仙額を寄進し、さらに、神社の垣牆(えんしょう)、神宮寺の薬師堂を造営寄進しています。


天下人となった秀吉公が病を患ったおり、後陽成天皇は勅使を日吉神社に派遣し、病気平癒を願われたと記録されていますプンプン

江戸幕府を開いた徳川家康公は、小牧長久手の合戦のおり、織田信雄公の軍勢とともに清洲に野営しましたえー

その際、軍兵が当神社を焼き払ったので、当時の祀官が申し出たところ、軍兵の乱暴狼藉を禁止する制札を両将より賜りました照れ

戦いの後、信雄公は神社の本殿、末社を造営されましたニヤリ

その後、家康公の四男松平忠吉公が清洲城主となり、日吉神社を大々的に造営修復、社領を寄進し尊崇の誠を捧げられましたえー


また、忠吉公は弓術を好み射札を度々奉納されていますニヤリ

神社の西側には当時の垣牆や弓場の跡が今も残っています照れ



神橋
黄金伝説えー
享保十黄金伝説一年(一七二六年)当時の神主が農民に椿の枯れ木の根を売り渡し、これを掘ったところ
慶長時代の大判、切り金など六十枚、時価にして数億円の黄金が発見されましたえー


二枚を残して藩役所へ差し出したところ、当時のお金で数百両となり、神社の社殿すべてを
建て直すことができたといいます照れ


この大判には「監物所持」と記されており、松平忠吉公の
重臣小笠原監物が埋蔵したものと推定されますキョロキョロ


近年、当神社にはまだ埋蔵金の残りが隠されて
いるのではないかと尋ねて来られる方も増えてるんだとかびっくり



手水舎
ミモザなどの花で覆われた手水ラブ
綺麗過ぎますね照れ


蕃塀
清洲山王宮 日吉神社は”厄をさる福を招くお申(猿)の神社”として知られていますえー

蕃塀は、3間巾の木造桧皮葺き連子窓型蕃塀プンプン


大きさは概略で、本体長約4.5m、全高約3.0m、屋根長約6.0m、屋根巾約1.9mで、両側に控え柱を持ってますねニヤリ

コンクリート製基壇に礎石と石製布基礎を置き、その上に円柱を4本立てて下から順に地貫、腰長押、内法長押を通し、上端は棟木を渡すえー


内法長押の上位に簡略化された雲形肘木と腕木を架し、表裏両面の出桁を支え垂木をまばらに渡して屋根板を載せているキョロキョロ

屋根は切妻造りの反り屋根で、桧皮葺きされているびっくり


桧皮は表面に近い部分で銅板が一枚挟まれていますねニヤリ


大棟は銅板で造られ、その両端には銅板製鬼板が置かれているキョロキョロ


蕃塀の中央には竪連子窓が設けられており、その上には横羽目板が、下には縦羽目板が嵌め込まれていたニコニコ


主柱と長押が交差する部分で金銅製?錺金具が飾られているしえー


控え柱は基壇と一体化してコンクリートで造られ、控え貫は木製なんやね照れ



拝殿
緑豊かな所にあってよい雰囲気を出してますね照れ


本殿
御祭神
素盞嗚命(すさのおのみこと)
天変地災、生老病死など人間の萬の苦しみの象徴であるとともに、それらを祓い除ける神として信仰されており、八岐大蛇を退治する神話でも有名な神様なんよ照れ

御神徳は「病気平癒」・「厄除」・「除災招福」等爆笑

大己貴命(おおなむちのみこと)
出雲に祀られる国造りの神、大国主神(おおくにぬしのかみ)の別名で、神代よりその幸魂が大和三輪山に祀られてるんよ照れ


 「人造り」・「国造り」・「医薬」・「夫婦和合」の神として信仰爆笑

また、大黒様として福の神の信仰を受けてるんやってニヤリ

大山咋神(おおやまぐいのかみ)
日吉大社御鎮座の神、比叡山に鎮まる神として神代より信仰され、五穀豊穣や樹木の成長を司り、暮らしを豊かにする神として拝まれてきました照れ


京都に都が置かれてからは、「鬼門守護」の神となり、「方除け」・「魔除け」の守護神として信仰されるようになりましたニヤリ



狛猿
当神社の神様の使いは申爆笑
拝殿前に配置されている猿は、青銅製の神申像で烏帽子をかぶり御幣を持ち「三番叟」を踊る正装をしていますえー

狛犬と同様、阿吽の申爆笑

1921年(大正10) 奉猿会が奉納したんやって爆笑


境内には全部で24体申の像があり、屋根の瓦の切隅に御幣を持った申が、奥の神殿横にも左右3体ずつ配置されています照れ




申の巨大絵馬
当神社御祭神のお使いである申(猿)にちなみまして、平成16年(申年)の正月に水墨画家井上北斗氏により神前にて描かれ奉納されたんだとかニヤリ


畳約八畳大(縦3m×横4.5m)の大きさを誇り、神前にて描かれた絵馬としては最大級とかびっくり


丙申年(平成28年)の正月、十二年ぶりに奉納者の「井上北斗」氏の手により巨大絵馬が修復され、描かれているお猿の数も増やされました照れ



山王稲荷神社の鳥居えー
伏見稲荷大社みたいな千本鳥居やぁ爆笑



山王稲荷神社
御祭神 

倉稲魂命(うかのみたまのかみ)
このお社は、尾張徳川家四代の殿様の吉通公が、旧丹羽郡石枕村(今の江南市石枕)に、鎮座の稲荷の神祠を正徳三年(一七一三年)に、名古屋城の正南一里程の愛知郡古渡村(今の名古屋市中区古渡町)に、当社の山王神霊の分霊と共に、山王稲荷として移し祀られた神社の分霊を祀る、ご神威高き霊験あらたかなお社として、江戸時代の終り頃に創建されたと、伝えられてるんだとかえー


古来より境内西南の地にて鎮座されておりましたが古朽の為、昭和二十八年十一月五日に住民等が、山王稲荷講を組織して社殿拝殿等を境内東北の地(現在地)に新築し、その後奥宮(現 稲荷社横に鎮座)も創建プンプン



狛狐
色っぽいですねニヤリ


摂社二十一社

牛尾宮   
大山咋神荒魂    大山咋神の荒魂

白山姫神社   
白山姫神   
・縁結び

宇佐宮   
田心姫神   
・航海安全

樹下宮   
鴨玉依姫神    ・
家内安全
・殖産興業
・子育て
・商売繁盛

西本宮   
大己貴神    国土開拓
・農業
・商業
・医療
・厄除
・縁結び
・交通安全

東本宮   
大山咋神    山の神
・家内安全
・方除

大物忌神社   
大年神   
豊作の神

早尾神社   
素盞嗚神   
病気平癒
・厄除
・開運
・恋愛成就
・身体健全

宇佐若宮    下照姫神   
美貌の神
・安産

新物忌神社   
天知迦流水姫神   
水の神

牛御子社   
山末之大主神荒魂
大山咋神の別名

産屋神社   
鴨別雷神   
・国土安泰
・開運

八柱社   
五男三女神   
誓約の神

三宮宮   
鴨玉依姫神荒魂   
鴨玉依姫神の荒魂

神武天皇社   
神武天皇   
・国家安全

樹下若宮   
玉依彦神    学業の神

竈殿社   
奥津彦神・奥津姫神         
・火伏
・食事

氏神神社   
鴨建角身命・琴御館宇志麿命
・縁結び
・産業発展

巌滝社   
市杵島姫命・湍津島姫命   
・芸能上達
・航海安全

剣宮社   
瓊々杵命   
・開運
・道中安全

気比社   

仲哀天皇   
・道開き
・天下泰平
・縁結


神様のデパートやねニヤリ


神楽殿
御神楽奉納の際、使用されるんやって照れ



はきだしまいり清祓所
心の様々なわだかまりや執着を祓い、清め捨て去り、ゆるしと癒やしの心をもって新たな気持で過ごすためのものえー

はきだしまいりのやり方は、「はきだし皿」に吐き出したい思いを封じ込め、ここで割捨てますプンプン

お皿は1枚300円ニヤリ
割られたお皿の破片がたくさんありますね!爆笑

また「はきだし祈祷」というものもあるようですえー
祈祷料1万円(遠方の方も利用可能)


子産石
当神社の一角に古来より「子産石」と称される女陰石があり女性がこの石に触れると立ちどころに懐妊すると伝えられていますラブ


豊臣秀吉の生母(大政所)は、この子産石に触れ、祈願し、神使いの猿に似た秀吉を授かったとされています照れ


今は子授かり・安産・夫婦和合の石として奉られていますえー


この石を触ってお子様を授かりましたとお礼に来てる人が多々いてるんやってニヤリ


また、女性だけではなくご主人が触っていかれてご懐妊された方など、数多くのエピソードがあるんです照れ



神馬
大東亜戦争の際供出した青銅製の神馬を、昭和四十一年午年の人等を中心に、氏子等によって再建されましたニヤリ



絵馬はお猿だらけ爆笑
顔を描けるのがいいね照れ


愛知県清須市清洲 2272



八田駅前にあるダフネ珈琲館さんにモーニングを頂きに照れ
ダフネ珈琲館は1968年創業えー
名古屋市の老舗コーヒーショップなんよニヤリ
現在は系列店を含め、名古屋市内に8店舗、半田市1店舗を展開プンプン



モーニングメニュー
ドリンク代だけで頂きるのと
+で頂けるのもあるんやねキョロキョロ


フルセット  ∔250円
フルセットはトースト・ゆで卵・サラダのセット爆笑

トーストにはジャムがついているかと思ったら餡子ニヤリ

名古屋って感じニヤリ

即席の小倉トーストの出来上がりやぁ爆笑

トーストはサクッとしていてなかなか美味しいびっくり

お向かいのパン屋で焼いているようですが、お店でパンだけ売られているのもわかりますニヤリ

珈琲は店名のロゴが記載されたオリジナルカップで供され、適度な酸味苦味で飲みやすい印象でした照れ

近鉄八田駅から266m
愛知県名古屋市中村区烏森町7-288