聖寶寺から桑名方面に戻る途中に賀毛神社
へ寄り道照れ

賀毛神社   [かもうじんじゃ]

中世までは、神田も多く社殿も宏麗でしたが、天正2年(1574年)頃、長島一向一揆の残党が賀毛神社の別当寺である興正寺に立て籠ったため、織田信長の軍勢に焼き討ちされ賀毛神社も類焼し全て烏有に帰して荒廃しました。


慶長年代(1610年頃)には治田鉱山の採掘により江戸幕府の天領となり、その後、桑名藩主の領地となり神田などを寄進され社殿も復興されました。


享保11年(1726年)には上総国一ノ宮藩主・加納遠江守の支配となり、藩主の尊崇を得て興隆しました。



一の鳥居
三岐鉄道三岐線の貨物列車が鳥居の隣を駆け抜けて行きました照れ



二の鳥居
境内は紅葉が凄い綺麗でした。
それに…
誰も居ない穴場神社って感じで落ち着きがあります照れ


手水舎
木?キョロキョロ
みたいな…えー
鉢照れ


もう一つの手水照れ
花手水なんだけど…
激しい手水びっくり
って…
手水じゃなくて…
生け花みたいキョロキョロ


拝殿
御祭神
彦坐命
鴨県主命
治田連命

彦坐命 
開化天皇の皇子とされる人物照れ

《日本書紀》開化6年正月条に,和珥臣(わにのおみ)の遠祖の姥津(ははつ)命の妹の姥津媛を妃とし,命を生んだとみえるえー


垂仁5年10月条には,垂仁天皇の妃に推された日葉酢媛(ひばすひめ)命らの父丹波道主(たにわのちぬし)王は彦坐命の子とキョロキョロ


《古事記》には日子坐王と記し,開化天皇が丸邇臣の祖日子国意祁都(ひこくにおけつ)命の妹意祁都比売命に娶(みあ)い,王を生んだとあり,王が近淡海の御上祝(みかみのはふり)がまつる天の御影神の女息長水依比売(おきながのみずよりひめ)に娶い,丹波日子多々須美知能宇斯(ひこたたすみちのうし)王らを生んだとするなど,王の詳細な系譜を記しているんやってえー


崇神巻には,天皇により丹波国に遣わされ,玖賀耳之御笠(くがみみのみかさ)を誅したとありますえー


日下部宿禰(くさかべのすくね)はじめ多くの後裔氏族の存在が《新撰姓氏録》その他に伝えられているんよプンプン

鴨県主命
「鴨県主」は古代日本の氏族の一つであり、賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)を祖神とする天神系の氏族プンプン


この氏族は山城国(現在の京都府)の賀茂神社に奉斎し、葛野郡・愛宕郡を支配していましたプンプン

治田連命
治田連命は、彦坐王(ひこいますのおおきみ)の四世孫にあたる人物で、雄略天皇6年(西暦462年)に淡海の国造として栗太一円の開拓に尽力しましたえー

ご利益
地域安全、家内安全、一族・子孫繁栄



狛犬
昭和51年10月吉日

また

若い狛犬さんですね照れ



さざれ石
元は本殿の石段の上にあったそうですよニヤリ



燈籠

❤️だぁラブ
これは…猪目と言うだよねニヤリ


境内の全景照れ

山の麓にある境内は、荘厳な雰囲気に包まれた心落ち着く場所やねおねがい



紅葉

綺麗な神社でした照れ



三重県いなべ市北勢町垣内718



にぎわいの森の中にあるえー
いなべ菓子店 八舎さんにお立ち寄りやぁ爆笑


老舗の和菓子店で修業を積んだ店主・宇野尚之氏が独立し、2019年に始まった新進気鋭の和菓子店でえー


常時12種類もの"創作どら焼き"が並ぶほか、焼きたてをその場で味わえる新感覚の和菓子体験も楽しめるんです照れ


現代風のオシャレなインテリアに昔ながらの雰囲気を入れ込んだ素敵なお店ですねニヤリ



数多くある中からえー

さつまいもバター 300円を購入照れ



うめーっす!びっくり
皮がフカフカやぁ爆笑
バターとお芋が互いに風味を引き出し合う優しい味わいで美味しかったです照れ



にぎわいの森…
ポケモンマンホールを発見ラブ

めちゃ可愛い照れ


阿下喜駅から1,357m
三重県いなべ市北勢町阿下喜31