金井神社から次は今回のメインの聖寶寺へ照れ

鳴谷山 聖寶寺 
[めいこくさん しょうぼうじ]

鳴谷山聖宝寺の歴史は、遠く平安初期にまでさかのぼります。

平安初期大同二年に天台宗の開祖・伝教大師最澄大和上によって開かれ、当時は七堂伽藍を有する広大な境内があり、僧兵も在住していたといわれています。

当寺の庭園は藤原期の造庭と推測され、回遊式の大きい池は別名浄土池と呼ばれ、須弥山を中心とした浄土の世界を表しています(造庭当時の形が保存されていると伝えられています)

しかし、歴史は時として残酷なことをしてくれます。


元亀・天正の戦国時代、織田信長の家臣・滝川一益による員弁攻略で、郡内の諸神社・諸寺院は、兵火によりほとんどが焼失してしまいました。


その際、聖宝寺も焼失してしまい、伝教大師以来の伝統千年の歴史を閉じることとなりました。時に天正八年二月のことです。

その後の徳川中期、万治元年になると龍雲寺(藤原町鼎)の住職が奮闘し、大圓宝鑑愚堂和尚に開山になってもらい、再興をはたしました。

そして、現在に至っております。



ここから参道にえー
獣が入らない為に金網が設けられてるとの事えー
逆に境内に居たら…
みぞかつは食われるガーン
ここから
階段をひたすら登って…
聖寶寺に向かいますプンプン


紅葉を見ながら…
階段をひたすら登って行きますプンプン


この日は快晴えー
山にある聖寶寺プンプン
日が当たらないんですやねキョロキョロ


数百㍍登り
やっと辿り着きました爆笑


本堂
元は平安朝初期の大同二年に、天台宗の開祖、伝教大師大和上によって開創されましたプンプン


織田信長の時代に員弁攻略があり、郡内の諸神社、諸仏閣が兵火によって焼尽した際に聖宝寺もその災厄を免れず焼失ガーン

その後、徳川中期萬治二年に、禅の巨宗大円宝鑑師愚堂大住職によって再興プンプン

御本尊 
十一面千手観音菩薩

十一の顔と千の手ですべての人を苦悩から救うべく、天界からお召しになった仏様照れ

平成22年4月10日に開山千二百年遠忌法要の際に御開帳をしたとかびっくり


33年に一度御開帳をしておりましたが、皆様からのご要望もあり、もみじ祭りの開催中に御開帳をはじめたとかえー

言い伝えによりますと、伝教大師様が伊勢参りの途中この地にお立ち寄りになった折、疫病が流行、村人は苦しんでいる姿を見逃すわけにはいかないと、伝教大師様は、山にこもられてお勤めに励まれましたえー

そんなある朝、伝教大師様の前に十一面千手観音菩薩様が現れになり、この地に寺を建てて、信仰の場にせよと告げられましたニヤリ


そこで、当時この地を治めていた豪族にこの話をされ、村人たちの協力の下、聖宝寺を建立えー


そして、お告げをされた、十一面千手観世音菩薩様を自らほられて安置した。と伝えられています照れ

しかし、戦国時代の戦火が聖宝寺にもおよびましたえーん


燃えさかる仏殿から、住職が命からがらこの十一面千手観世音菩薩様を持ち出し、里の畑に埋めて戦火から救いましたプンプン

時は経ち、里の人たちが聖宝寺のことを忘れかけていた頃、再び疫病が流行り、村人たちが困っていたとき、畑から黄金の輝くのを見つけた村人が掘り返すと十一面千手観世音菩薩様がお姿を現しになられましたびっくり


さっそく観音堂を作り、皆でお参りすると疫病が治ったと言うことですニヤリ

その観音堂が今の聖宝寺と言い伝えられています照れ


現在の御本尊は、畑から掘り出されたため、金箔はなく下地のままになってるんやってえー



本堂から庫裏を望む照れ



玉広稲荷
坂本村の住人であった玉野要蔵がある時白狐の霊夢を見て、聖宝寺の第六世玲泉住職に伴われ伏見の稲荷総本宮に赴きましたえー

そしてその際分霊を奉戴し、聖宝寺境内にささやかな祠を建立安置したのが玉広稲荷なんだとかニヤリ

それ以来霊験あらたかな稲荷として里人の崇敬を集めています照れ



紅葉の名所の聖寶寺プンプン
境内全体が紅葉🍁が見れます照れ


回遊式庭園
平安時代に仏教が普及するにつれ、仏堂の前に極楽浄土をかたちどった浄土庭園が造られましたえー


平安の浄土庭園は、池の中に帝釈天が住むという須弥山(しゅみせん)を置き、そこへ呉橋(くれはし)をかけるのが定番とかえー

聖宝寺の泉水はこの特徴を持っており、平安時代の造池といわれる名庭なんよ照れ

庭園は浄土の教えと深い係わりがあり、その中心である池は浄土池と呼ばれますおねがい



鏡池
庭園にはさらに浄土池とつながる形で鏡池がありますえー


紅葉シーズンには真っ赤なもみじが池に写り込み『さかさもみじ』を楽しむことができます照れ


行った時は少し遅く…

さかさもみじじゃなかったショボーン



いのとの岩
大きな岩の塊には、中央から双幹のモミジがすっくと立ち、その根は岩を掴むようにして伸び、さらに大地に根をおろしていますびっくり


楓が根を張る大岩は、生命の活力を強く感じる姿から「いのちの岩」と呼ばれていますプンプン



池…
もみじで埋め尽くされてますねキョロキョロ


鐘楼

鐘楼の上には銀杏があって…
綺麗でしょうねキョロキョロ


血のもみじキョロキョロ
現在、聖宝寺でご覧いただけるカエデは、ハウチワカデ・ヤマカエデ・イロハカエデ・キョウカエデの4種類プンプン

血のもみじは、ある方が「戦国時代にこの地で亡くなった僧侶たちの思いがこの木に宿り、燃えさかるような真っ赤な色に紅葉するのだ」と仰ったことが元になっているそうです。そして、いつしか「血のもみじ」と呼ばれるようになりましたプンプン



ほほえみ観音

なんか…

観音様の生首が置かれてる…ガーン



縁結び地蔵
住職が境内で地面から飛び出していた石に足を取られ、これは危ないと掘り返したところ、それはお地蔵さんを彫り込んだものだったとかえー

二体のお地蔵さんが仲良く並んでいるところから、いつしか「これはご縁を結ぶ地蔵さんだ、あのお地蔵さんをお参りするといい」と、地元の方々の間で広まったんやって爆笑



池守地蔵
池を見守るようにひっそりと佇むお地蔵様照れ

 

建立や時代などの記録は残っていませんが、苔生したお姿が長くそこでお守りされていたことを表していますえー

 

ほっとするような微笑みのお顔やね照れ



鳴谷滝
藤原岳から湧き出る水(伏流水)は、ほとんどが鳴谷渓谷に合流しますプンプン


直下数メートルの名勝鳴谷の滝えー

ドウドウという響きとともに流れ落ちる姿は壮観やぁプンプン


最近になって滝行の場であった思われる石段が現れたとかキョロキョロ


700年の昔に多くの山伏がこの滝で修行したその姿が目に浮かぶようやね照れ



滝から振り返ると…
雄大景色が照れ


鳴谷滝の脇には、屋根付きの休憩室が爆笑

そばに立つ大きなイチョウが美しいみたいなんやけど…えー



グラデーション紅葉やね爆笑


鳴谷神社
平安時代に伝教大師が藤原岳中腹に聖寶寺を建立した際、その守護神として日吉山王社を建てたのが始まりとされていますえー


元亀元年(1570年)に織田信長の家臣である滝川一益によって焼失しましたが、万治2年(1659年)に再建され、現在に至ってます照れ



さざれ石の手水?キョロキョロ
 



御祭神
山の地主神であり農耕を司る神とされる大山咋神(おおやまくいのかみ)照れ


その他、豊受比売命、軻遇突智命、大山津見命、猿田彦命、市杵島姫命、金毘羅大神、稲倉魂命も合祀されていますえー



聖宝寺と山麓の鳴谷神社には、平安時代に伝教大師が聖宝寺観音堂を開かれた際に、お猿さんが建立を手伝ったという逸話が猿の狛犬石像と共に残っていますえー
ここでは、藤原町民話研究会発行の絵本にて、その逸話をご紹介します照れ

さるのおんがえし
へいあんのむかしのはなしだそうな。
やまにかこまれたうつくしいむらに
おかやまというところがあったそうな。
あるひのこと
ひとりのたびのおぼうさんが、
やってきたそうな。
おぼうさんは、あしをひきひき
たいそうおつかれのようす。
「やれやれ、つかれた。おお、このかれきで
ひとやすみでもしよう。」
と、こしをゆったりおろそうとすると、

どこからか
「きいっ、きいっ、ききいっ
きいっ、きいっ、ききいっ。」
と、えらくおおきいひめいがしたそうな。
「おや、だれか、ひめいを あげている。
なにごとだ。」
びっくりされたおぼうさんは、
こえのするほうへちかづいていったそうな。
なんとそこにはわなにかかり、
くるしんでなきわめいている
おさるさんが おったそうな。

おぼうさんは、さっさとちかづき
「おう、おう、かわいそうに。
わなからはずしてやるからな。」
と、あしにはまったわなを
とってやったそうな。
おさるさんは、おおよころび。
「ありがとう。ありがとう。」
と、なんどもなんども
あたまをさげさげ
やまのなかへきえていったそうな。

しばらくあるいていくと
こんどは、むらびとにあったそうな。
よくみると、しくしくしくしくないておった。
「なにがかなしくてないておるかな。」
「はい。このむらにわるいびょうきが
はやっております。きょうもひとり
なくなってしまいました。」
とかなしそうにはなしたそうな。
そこで、おぼうさんはむらびとを
びょうきからすくうために
おいのりをすることにしたそうな。

つぎのひのあさ
おぼうさんは、こだかいおかにのぼり、
てんにむかって、
「どうぞ、むらびとのやまいが
なおりますように。」
と、こころをこめて
むらびとたちのために
いっしょうけんめいおいのりを
したそうな。

おいのりがはじまって
ちょうどみっかめのよるのこと。
おいのりをしていると、おおやまのかなたから、
むらさきいろのくもにのった
かんのんさまがぱっとあらわれたそうな。
そして、
「ここよりさきに、おおきなたきがある。
そのそばにてらをたて、かんのんさまを
まつるがよい。そうすればむらびとの
やまいは、なおるであろう。」
と、いいのこし、ふたたびかんのんさまは、
やまのかなたへと
さっていったそうな。

おぼうさんはかんのんさまのいわれるとおり
ずんずんとやまのおくへはいっていくと
ぎんいろにきらきらかがやく
それはそれはうつくしい
おおきなたきがあったそうな。
「おお、これがかんのんさまがいわれた
たきだ。なんとうつくしいたきだ。」
と、たいそうかんどうされたそうな。

そして、おぼうさんが、それからというもの
ぎっこぎっこときをきって、
せっせせっせとくさかって、
がっこがっことつちけずり、
おてらづくりにはげんだそうな。
それをみていたいつかのおさるさん
なかまをつれてやってきた。
たすけてもらったおんがえしにと、
おてらづくりにはげんだそうな。

やがて、やまのようすにきがついた
むらびとたちは、
おてらをたてるのなら
「わたしもてつだわせてくだされ。」
「わたしもやらせてくだされ。」
と、おぼうさんのところに
こえかけおうて
あつまってきたそうな。

そしておぼうさん、おさるさん、むらびとが
ちからとこころをあわせ
せっせせっせとはたらいたそうな。
やがてそれはそれはりっぱなかんのんどうができたそうな。

それからというもの
かんのんさまのいうとおり
むらびとのびょうきも
すっかりなくなり
また、もとのように
むらにへいわがもどってきたそうな。
めでたしめでたし

このかんのんどうとは、
いまもさかもとのおやまにある聖寶寺のこととかえー
お寺を開いたお坊さんは、でんぎょうだいしという
偉いお坊さんだったそうです照れ
観音様は、今も多くの人々の
信仰を集め、
人々の心の支えになり
守ってくれてるんだね照れ



三重県いなべ市藤原町坂本981



三重県いなべ市のえー
にぎわいの森内にあるおしゃれなカフェ&ショップ キッチュ エ ビオ いなべさんでランチをしましたぁ爆笑



ランチプレートA  1450円
・チキン(琥珀鶏)のキノコクリームソース
・オーガニックサラダ
・副菜3種
・虹色米
・みそ汁

見た目も鮮やかなオーガニックプレートランチ照れ
地元の有機野菜などをふんだんに使ったデリプレートで体が喜ぶやつやぁ爆笑

珍しい琥珀鶏を使った料理えー
鶏はめちゃ煮込まれているのか柔らか・・
歯がいらんわぁ照れ
少しスパイスの効いたクリームソース
めちゃ美味しいんですがアツアツじゃなかったのが残念ショボーン

ご自慢のドレッシングは流石に美味ニヤリ
いなべ産有機野菜のサラダに
赤米のご飯
紫芋のマッシュにキヌアサラダ

とても美味しゅうございました照れ

阿下喜駅から1,279m
三重県いなべ市北勢町阿下喜31 にぎわいの森