今回は愛知県の豊明市

曹源寺からスタートプンプン

なぜなら…
ここは

新四国八十八か所巡り一番札所だから爆笑


曹源寺  [そうげんじ]

鎌倉時代(700年程前)天台宗として開闢されたと伝えられており、現在の宗派です。


曹洞宗に改宗され開創されたのは後柏原帝の御代永正2年(1505)実田以耘和尚の
時である。連綿と歴史は重ねられ現在の住職は二十六世です。


二世快翁龍喜和尚
のとき、永禄3年(1560)5月19日史上に有名な“桶狭間の戦い”が起こり今川義元公は戦死、多数の死傷者が戦場一帯に放置されていたのを塔頭寺院の明窓宗印和
尚に命じ、村人を指揮して戦傷者を収容し戦死者は各所に葬り代表的な場所として
戦人塚を選定し引導焼香しました。


今川義元公をはじめ武将の霊牌を位牌堂に祀り、戦人塚と共に歴代の住職が回向供養しています。


承応3年(1654)3月3日火災に因り諸堂全部灰燼に帰しわずかに山門の扉二枚のみ残ったと伝えられている。当時の伽藍は現在地より南東1キロぐらいのところ元屋敷にあり、その地は境川、正戸川の氾濫に悩まされており高台である現在地を整地して伽藍を整備しました。


江戸時代より当地域の中本山としての格を誇り、現在では愛知県下に多くの檀信徒とのつながりがあります。



新四国八十八か所巡り一番札所
知多四国霊場
“西浦や 東浦あり 日間賀島 篠島かけて 四国なるらむ” 古歌にこのように謡われた知多半島に文化6年(1809)古見村(現 知多市新地)妙楽寺一三世亮山上人
が弘法大師の夢告によって知多四国八十八ヶ所霊場の開創を決意されたのに始ま
りなんだとかびっくり


岡戸半蔵行者と武田安兵衛というニ人の同志を得て開創の大業に着手プンプン


曹源寺には武田安兵衛行者が大師尊像を奉持し来り安置を願ったんやってニヤリ


しかしえー
住職は弘法大師は他宗の宗祖でもあり受け入れる事を逡巡したので、やむなく当村
の檀徒総代である彦蔵(都築良直氏先祖)方に託したとかキョロキョロ

 

彦蔵曹源寺御堂の一隅に仮安置したところ漸次参拝者が増し弘法堂を建立プンプン


曹源寺が知多四国一番札所に定まったのは当時の当村(大脇村)は知多半島最北端の知多郡になり霊場の札番は右回りによるところとかえー


現在では曹源寺への参拝者は巡礼者を含め年間10万人程の方々をお迎えしているんやってウインク



山門
豊明市指定有形文化財 享保2年(1717)六世了悟素髄和尚の時、知多郡桶狭間住人梶野清右衛門(梶野憲夫氏先祖)の一寄進によって建立プンプン


欅材一部檜材三間一戸楼門造り、屋根は入母屋瓦葺の実に立派な山門で江戸期の中本山の風格を備えていますねびっくり


扁額は八事 般若台 閑居雲臥元淳禅師の筆とかキョロキョロ

かつて曹源寺があった場所は「大脇(おおわき)」という地名でしたプンプン


戦国時代には大脇城があり、境川を境にした防衛拠点のしての機能があり、このエリアの出来事として有名なのが桶狭間の戦いなんよえー


永禄3年(1560年)に今川義元の大軍が織田信長の奇襲に敗れた戦いショボーン


この戦で亡くなった多くの死傷者は、一帯にそのまま放置されていたんだとかガーン


その光景に心を痛めた曹源寺2世快翁龍喜(かいおうりゅうき)和尚が声をあげ、討ち死にした今川義元をはじめ多くの死傷者を村人の協力もえて集め葬り、戦人塚を建て弔いましたえー


これ以来、現在でも曹源寺歴代和尚が供養をし続けていて、今川義元の位牌も大切に守られています照れ

このように知多半島と他地域との境目であり入口に立地していたこと、さらに右回りの円循環での巡礼ルートを構成した都合で知多半島北部の寺院の中でも東部にあり起点に適していたこと、歴史上も重要な役割を果たしてきた曹源寺が知多四国霊場1番札所に選ばれ、霊場の顔的な存在になっていますニヤリ


ちなみに満願の88番札所円通寺は、曹源寺がある豊明市隣接の大府市にあり、ともに知多半島北部に立地していて、88番札所で満願後にすぐに1番札所を訪れやすく、自然に何度もぐるぐる巡礼しやすい配置になっているんやってニヤリ



弘法大師

この人が全ての始まりやねニヤリ


手水舎
参拝者が多いとの事なんで
柄杓も多いよねニコニコ


手水の所にお地蔵様キョロキョロ
きちんと作法をしてるか…
見張ってるんですかね…爆笑


本堂
明治13年(1880)再建されたものでご本尊様は釈迦牟尼仏照れ


左右に迦葉、阿難の二尊者が脇仏として祀られている。扁額の筆は大本山総持寺の貫主を務めた石川素堂禅師えー

ご本尊さまは釈迦牟尼仏でインド、中国、日本と伝わってきた正伝の教えである、坐禅を修行の中心とし、あらゆる日常の営みにも大切にあたりその姿、心が仏(即心是仏)と自覚して、今ここで生きているかけがいのないいのちを事実のまま生き、人として他者をも生かすことに生きがいと幸福を見出す事が教えなんやってニヤリ



大きなフクロウがキョロキョロ
お寺の人にきいてもようわからんとの事…

七不思議の一つガーン

他の六個は…あるんか知らんけどえー


弘法堂
昭和49年火災にあい前弘法堂は焼失、昭和51年多くの檀家、信者の浄財にて鉄筋コンクリート造りにて復活したんやってニヤリ



五鈷杵
五鈷杵は先端のとがった部分、鈷(こ)が五つある金剛杵のことで、金剛杵とは古代インドの武器を模したもので修行者の身を護るものとして、手に持ち修行を行いますプンプン


鈷の数により、独鈷杵(どっこしょ)、三鈷杵(さんこしょ)、五鈷杵などと呼ぶんやってえー
 

また、五鈷鈴は、握り手の部分が五鈷杵の金剛鈴(こんごうれい)で、こちらも、握り手の鈷の数により、独鈷鈴(どっこれい)、三鈷鈴(さんこれい)、五鈷鈴(ごこれい)といった種類があるんだとかキョロキョロ


金剛鈴は密教の仏を象徴するものとして、修行の際に実際に鳴らして使用されます。

「邪心・煩悩・悪心を打ち砕く」そうですよニヤリ



おもかる地蔵
この地蔵さんを持ち上げた重さで、願いが叶うかどうかを占うことができるというもので、軽ければ叶い、重いと願いは遠いとんだとかキョロキョロ
さてどうか・・・プンプン
う~んキョロキョロ
なんか 重いようなガーン



永代供養墓
平成8年建立、自身の墓を作られない方のための納骨塔で檀家以外の方の納骨も宗派を問わずお受けしているんやって照れ


分骨もできるとかキョロキョロ



お地蔵様Part1爆笑
穏やかなお顔照れ


お地蔵様Part2
岩に降臨爆笑


大庫裡
文化10年(1813)再建されたもので大屋根に煙抜きの小屋根が乗り玄関えー

土間天井には松の大木での小屋組みが施されており江戸期の禅宗寺院の庫裏の造りが今も残っているんやってニコニコ



水琴窟
構造としては底に小さな穴の開いた瓶が逆さに伏せた状態で土中に埋められており、底は水が溜まるように粘土などで固められているんだとかキョロキョロ

 

上には一般的に手水鉢が置かれておりそこから流れ落ちる水が瓶の穴を通して滴り落ちるようになっているんよえー


その時の音が瓶の中で反響し琴の音のような音となるんです照れ



道祖神
昔から道祖神は、むらを守ってくれる神様、そしてむら人ひとりひとりの願いを聞いてくれる神様、特に子どもを大事にしてくれる神様、そして作神様として建てられたようなんよえー



鐘楼
文化10年(1813)の建立で大工棟梁は鳴海の匠とかキョロキョロ


太平洋戦争で釣鐘を供出したが戦後に新しく鋳造したんやってニヤリ



第一番から第三十三番までの仏さまがびっくり
三十三体なので観音様と思いますねえー

法華経で観音様は三十三の姿に変化して衆生を救うやでぇ爆笑



知多四国の御納経帳を購入ニヤリ

知多八十八ヶ所…頑張るプンプン


知多四国八十八箇所1番

愛知県豊明市栄町内山45



愛知県豊明市、名鉄中京競馬場駅から徒歩12分の所にある、Brown Beansさんに行って来ました照れ



モーニングMENUはキョロキョロ
ドリンク代だけとえー
別料金とありますニヤリ


ドリンク代だけピザトーストに照れ

ピザトーストが無料って珍しいと思うんやけどキョロキョロ


あとタマゴサラダ、野菜サラダが付いてくるオトクなモーニングサービスやね照れ




マスクメロンケーキと南部鉄コーヒーセット 2000円
マスクメロンケーキ単品880円
自家製メロンシャーベット600円
南部鉄に入ったドリンク2杯分(珈琲以外に紅茶もあり)のお得なセット

ってあったびっくり


こんどはマスクメロン食べようっと爆笑

中京競馬場前駅から824m
愛知県豊明市新栄町5-41