露天神社から次は堀川戎神社へ移動爆笑

その前に…ライオンの橋が見えたので行ってみたぁ~爆笑

難波橋って言うんですニヤリ
難波橋が公儀橋となったのは天神橋と同じく、寛文元年(1661)のことといわれてあおますえー

古くは中之島の先端が、難波橋の下流部にあったから橋は一本で架かっていたとかニヤリ

この付近は絶好の行楽地で、夕涼み、舟遊び、花火見物などの人々でたいそう賑やかだったとかニヤリ

難波橋が鉄橋になったのは明治9年であるとされるが、橋の架替えに合わせて中之島の先端が上流の方へ延長されたことにより、橋は南北に分けられ、この北側部分のみが鉄橋になったようキョロキョロ

難波橋が今のような立派な姿になったのは、市電事業によってからでえー
以前の難波橋は現在の堺筋より一つ西側の筋に架かっていたが、市電の第三期線として計画された堺筋線に移されたとかびっくり

橋本体は鋼製2ヒンジアーチで、中之島公園と一体となった都市景観の創造が図られ、非常に装飾的な下部工、市章を組み込んだ高欄、華麗な照明灯、親柱上のライオン彫刻、さらに公園へ降りる広い石造りの階段など、最大限の意匠設計がなされています照れ

橋の四隈の親柱の上に阿と吽それぞれ2体の石造のライオン像が配されていることから『ライオン橋』の愛称で市民に親しまれているんやぁ爆笑

その後、橋本体の傷みがはげしく、架替えられたが、装飾部分は旧来のものが使われており、また戦争中などに撤収された照明灯の復元、御影石による歩道の改装なども行われています照れ


照明塔照れ
見た目は…デカイプンプン


難波橋から見た土佐堀川ニヤリ
大阪の街も綺麗やね照れ

堀川戎神社  
【ほりかわえびすじんじゃ】
堀川戎神社は、欽明天皇の御代〈539~571〉止美連吉雄(とみのむらじよしお)が蛭子大神の神託を受け堀江で玉を得て、これを御霊代(みたましろ)に蛭子大神を富島に祀り、瓊見社(たまみのやしろ)・止美社(とみのやしろ)と名付けたのが創祀と伝えられています。

白雉2年〈651〉、少彦名命(淡島明神)の神像を彫刻し納め祀り、また大宝3年〈703〉天太玉命を相殿に祀り、御祭神三座となりました。後に平治の乱〈1159〉を避け、丹波国山家(やまが)に動座しましたが、文和年間〈1352~5〉現在地に遷座再興しました。

以来、蛭子社・恵美須社・堀川戎社と呼ばれ信仰厚く、殊に江戸時代中期からの十日戎は年々盛大となり、諸人群参したと記されております。そして明治40年〈1907〉数社を合併、堀川神社となり村社に列しました。


赤い鳥居が素敵です照れ


手水の水口と水盤キョロキョロ
たしか…前に来たときは大きい手水鉢に花から水が出てたようなキョロキョロ

令和御大礼記念キョロキョロ
令和に改装されたんやね照れ


拝殿 
昭和20年の戦災で社殿始め全建物を焼失しましたが、順次復興し、昭和38年現在の御本殿を再建プンプン
 
御祭神 
蛭児(蛭子)大神(えびすのおおかみ) 
少彦名命  (すくなひこなのみこと) 
天太玉命  (あめのふとだまのみこと) 

御祭神の蛭子大神(ヒルコオオカミ)は恵比寿様(えびす)の別名であることから商売繁盛・金運のご利益があります照れ

恵比寿様は大きな鯛をもっており、水産物の霊徳から大漁祈願のご利益として始まり、その後、市場の商売繁盛・産業発展の守護神となっていますニヤリ

戎大黒福の神としても親しまれていますニヤリ

その他、配祀されているスクナヒコナと言えば、病気平癒や知恵・学力向上の神様爆笑

ご利益
金運アップ、宝くじなどのギャンブル運向上、知識・学力向上、病気平癒


狛犬
なんか…顔…変わってるね爆笑


福興戎像 
平成7年1年17日の「阪神淡路大震災」で破断した表門石造鳥居(昭和2年奉納)の柱に彫刻されていたのを、平成10年の十日戎に奉納され、平成12年、「幸いを与える」の「福」と、「生ずる・起きる・盛んになる」の「興」を付けた「福興戎像(ふくこう・ふくおこしえびす)」の応募名称を採用し命名したんだとかえー

被災鳥居から蘇った由来をもって、除災招福の象徴として、広く崇敬者の心の支えとしてかわいがって貰ってるとの事なんやって照れ


皇大神・幸神社、大国主・菅原社、松尾・工匠神社 
 
7柱を祀る社やぁプンプン
 
これらの神社を祀るようになった由緒等は不明ですが、明治時代に近隣の神社を複数合祀しており、それらの神社だと思われますえー

・皇大神社:天照皇大神さま  
・幸神社:猿田彦大神さま 
・大国主社:大國主大神さま  
・菅原社:菅原大神さま 
・松尾社:松尾大神さま  
・工匠神社:工匠祖大神さま


榎木稲荷社 
地車(だんじり)稲荷 
慶長3年〈1598〉に掘られた天満堀川の堀止めの横(元大阪市水道局の辺り)に榎の大木があり、いつの頃からか自然に人々はその木に神霊(句句廼知神)が鎮まっていると考え、その根元に祠(ほこら)を作ったんやってえー

天保9年〈1838〉それまで堀止めとなっていた天満堀川が、大川(淀川)まで延長して掘られて通水した際、役所より榎木神社設立の命令があり、この地に約15坪の土地を得て、天保10年〈1839〉天満堀川両岸12ヶ町の協力により本殿・拝殿が造営され、同時に堀川戎神社末社の稲生(いなり)神社の別魂(宇賀御魂神)を合祀し、以後、稲生神社別魂榎木神社としてお祀りされたとかニヤリ

明治40年〈1907〉神社合併政策によって吸収合併され、堀川戎神社境内に移転して祀られていましたが、昭和20年〈1945〉戦災のため焼失ガーン

昭和33年〈1958〉境内の現在地に新たに他に類を見ない地車の構造をした彩色欅造りの本殿を再建したんですプンプン


榎木稲荷社の狛犬照れ
小さくて可愛いですね爆笑


御祭神 
句句廼知神(くくぬちのかみ) 
宇賀御魂神(うかのみたまのかみ) 

各地の稲荷社と同じく、穀物 ・食物の神、そして商売繁昌の神として崇敬されています照れ

また、榎木神社は、俗に神さまのお使いが狐ではなく狸(たぬき)という独特の信仰があります びっくり

 特に「地車(だんじり)稲荷」の通称は、江戸時代より「地車吉兵衛(だんじりきちべえ)稲荷」の名と共に関西一円に名高く、古くから願い事が叶えられると、その夜「地車ばやし」が聞こえると言われています えー
 
また願いが叶ったお礼に小さな地車の模型(奉納地車)や絵馬(狸が地車を曳く図柄で有名)を奉納される方が大勢おられ、今に至っても参拝者が絶えないんですってニヤリ


奥に稲荷様の祠が…キョロキョロ


恵比寿様の絵馬照れ


御神木のパワーが降り注いでますね照れ


大阪府大阪市北区西天満5-4-17


淀屋橋のODONAでランチ爆笑
ちょっと重厚な雰囲気の店構えの串揚げ屋の串揚げ旬sさん爆笑

敷居が高そうな雰囲気ですが、昼なので大丈夫だろうと覗きこむと意外にリーズナブルびっくり

お店に入り、カウンター席にあんないされます照れ


ランチメニューはリーズナブルです照れ
夜はコース料理なんかな?キョロキョロ


Aランチ1500円を注文 爆笑
串一本サービスとのことびっくり
LUCKY爆笑
串揚げはエビ、豚フィレ、ナス、カボチャ、ヤングコーン、手羽先、こんにゃく、白身魚、穴子

小鉢に冷奴、サラダとボリュームありますね照れ 


ランチの串揚げ
ヤングコーンはサクサク食感爆笑

蒟蒻は味付けがしてあるようで
お肉みたいびっくり

手羽先はピリ辛ニヤリ
茄子はトロける照れ


サービスの串は
穴子で生姜と三つ葉を巻いてあり
ゴージャス爆笑


豚フィレは塩で…照れ
豚の旨味が衣で封印されていて…噛むと口の中でふわぁ~っと…美味しい照れ


海老は大ぶりでしっかりしており
筋肉を感じる歯応えプンプン
少し酸味の強いタルタルソースがめちゃ合います照れ


ご飯は粒がしっかりして
お味噌汁も美味しい爆笑

胡麻ドレのキャベツの千切りサラダ
紅葉おろしがのった冷奴の小鉢は健康的照れ

どれも丁寧な手作り感があり
気配りと期待以上のランチに大満足やぁ爆笑

淀屋橋駅から89m 
大阪府大阪市中央区今橋4-1-1 淀屋橋三井ビルディング odona B1