2025年6月9日

癌の告知から半年以上経った。



癌になってからの出来事を

最近書いてきて、まだまだいろいろあったけど




今、これを書こうと思う。



私は

―これは絶対癌だ‼️―

と分かってからも、ずっと癌に対する恐れが無かった。



我慢していたとか、

強がっていたとか、

そんなことではない。



だから自分の魂は強靭だと思った。



私の分かる感情には出てきていなかった。


手術もそれほど恐れを感じていなかった。




2025年12月1日の受診で、急遽、化学療法をやらずに手術してくれる病院を紹介してもらった。



―抗がん剤、放射線治療―


やらないと決めて、最初の大学病院はキャンセルした。



その想いは変わらず。


(これは私個人の選択です。治療の選択は人それぞれであり、どの選択も尊重されるべきだと思っています)




でも胸のしこり、脇のしこりは大きくなりすぎて、痛みを感じるようになっていた。



もう限界の気がする。


はちきれんばかりのしこり...癌


もう手放そう。


―ここまでしこりが大きいから全摘かな―


―私は胸が無くなってもいいのかな?―



告知当初からツインがよく言っていた。


「胸なんてただの脂肪だから両方とってしまえ‼️」

(不器用な言い方だけれど、心配するがゆえの言葉だと思ってる)



当時はルールのきっちりした大学病院の門前の薬局勤務。



型通りのルール



抗がん剤をやって

小さくしてから切除...



それしかどこの病院もやってくれない、

そう思い込んでいた。


頑なに

「日本の病院はやってくれないから」

そう言い続けた。



私は昔から胸が大きかった。

(これは自慢ではなく、私にとってはコンプレックス)



若いとき

「もし乳癌になったら、全摘するば胸が無くなっていいな」



そんなふうに思っていたほど...


(ずっと女性として見られるのが嫌だ!という感覚があった。好きになるのは男性なのに。性への嫌悪感があったからかもしれない)



結局、手術をしてくれる所があった。



2025年12月25日手術

(ここでも意図せずイエス・キリストが絡む)

2026年1月1日退院



2026年1月7日に

術後の受診があった。



その時に説明されたこと...


Facebookで発信したことを一部抜粋でここに貼り付けます。


           ダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウン


この時まで私は自分の本当の感情に気づいていなかった。



再発率を言われたとき初めて焦った。



しかもそれも気のせいにしようとしていた。



手術までは恐れを感じていなかったのは本当。



恐れを感じたのに気のせいにしようとしたのは私の悪いクセ。



それに気づいたのは最近。


―私、再発が怖いんだ―


その感情に気づいた。



手術をして癌を取ったけど、根本的なことが解決していないことも気づいていた。



―まだ完治にならない―

―このままだと再発する―


それが分かっていたから、再発率を聞いて焦ったのだと思う。



魂が強靭❓

そんなことは無かった。



生死が関わったことに対しても、感情が分からなかっただけ。



今、それに気づいた。


私は生きたい。

私はやりたいことがある。

私は一緒にいたい人がいる。



弥呼Ryuとして、

今世の私としてまだ生きたいんだ。


やっと気づいた。



長年、感情に蓋をしてきた人生。


今は「生」に対しても蓋をしていた。



生きたいと、

気づいて

泣くことができた。



恐れを感じることが出来たのは、私にとって始まり。


やっと「生」への感情の芽🌱が出てきた。



2026年2月2日 午後2時

始動することがある。



恐れのある決断でもある真顔

でも決断した。



生きるために...

想いを現実化にするために...