②からの続き


怜子さんが

湯の里に来てくれた。



交代で

志奈ちゃんが帰って行った。



湯の里に行く前に

怜子さんにビジョンが

降りていた。



私が熊野の川に足をつけている✨️



熊野に行った方がいいけど

志奈ちゃんは

帰らないと行けない。



私は翌日の夕方、

都内で東洋医学の治療があった。



その日帰る予定だったけど

熊野に行けるならと延泊。



フラフラ、ヘロヘロの私を

怜子さんが

連れて行ってくれたおねがい



大阪から和歌山に行くまでは

志奈ちゃん💖



これも数時間高速に乗って

運転してくれて。



湯の里から熊野までも数時間✨️

怜子さんが運転してくれた💖



湯の里から熊野に移動する時

怜子さんの車のナビが

窓ガラスにレインボー🌈の

輝きで写っていた



移動するときも私は

後ろでうたた寝。



体力も無くなってきていて、

どうしても起きてられない💦



同じ和歌山でも

移動に数時間かかる。



私が何度か起きるタイミングで

怜子さんが言った。



「弥呼ちゃんのツインと話していた。ずっとメッセージが来てた。どうにかして治して欲しい。これほど純粋に想っている人、私は信じられるよ」



そう私に伝えてくれた…



プライド高くて、気持ちを

言ってくれないツインだけど

そんな風に想ってくれていた。



ツインに癌を伝えたあと、

しばらくしてから

他のことで怒鳴られたりした。



電話の声で娘が泣いたりした。


「ママはいつもこんな風に扱われてるの?もう関わらないで欲しい」 

  と、泣いた…ショボーン



その後分かったことだけど…

私が自分の命と

向き合えていない

そう思っていたらしい。


そこに怒りがあったみたい。


確かに私は

「生きるから

大丈夫‼️」

と、軽く伝えていた。



私が

「治療に専念したい」

と伝えた後は、

ピタリとおさまった。



やっぱりそうなんだ。

心配しているのに

本人が軽くみてるのが

気に入らなかったんだ。




今回の旅は

甘える旅でもあった。



皆様の行為に

甘えまくっていた。



今までそれを

自分に許可していなかった。



もちろん

何かしら甘えているところは

あったけど、

車の運転は人に任せることは

ほとんどなかった。



自分で運転して人を乗せる…

それが普通だった。



今回の旅も

関東から車で行こうと

思っていた。


移動は都内で治療後の夜。


途中で車を駐車させていた。



移動前に

ツインから連絡があり

関西に出発する前に会った。



私のフラフラ度を見て

「車の運転は危ない」と。

自分の体力を考えて

急きょ新幹線にした。



車で行っていたら

熊野に移動したとしても

治療には間に合わない…



全ては必然で

流れていたと思う。



翌日は朝6時から行動。



意味のあると思われる温泉♨️

2ヶ所入ってから

熊野本宮大社近くの

川に向かった。















駐車場から川まで歩くのにも

前かがみになって

ようやく歩ききった。



川に足を入れた後

怜子さんの

シャーマニックドラム✨



ドラムを叩きながら

たくさんのメッセージを

降ろしてくれた照れ


この時、祈りの言葉を

教えてもらって


「南無妙法蓮華経🪷」


唱えていたら

観音様と蓮の花🪷が

VISIONに浮かんだラブ







その日は夕方都内での治療。



数時間運転をしてくれて

新大阪へおねがい



治療院には30分前に着いた。



スーツケースあり

ドラムありの状態で

都内の電車に一抹の不安…



娘に連絡したら

治療院まで

迎えにきてくれたびっくりドキドキ



そして途中置いてきた車で

帰路に着くことができた照れ



娘にも助けられ

本当に感謝する日々でした🌸



私は癌になっていなかったら

こんなに人に甘えるということが出来なかった。



今回、いやおうなしに

甘えないと動けない自分がいた。

これも体験させられたと思う照れ



この旅でも、ほとんど

食べられない状態だった私は

この後、いよいよ身体が

大変なことになるのでした。



④に続く