115系 A-12編成 ひまわり号 / 岡山駅にて
毎週日曜日は、115系の日です。
今日の写真は昨2025(令和7)年5月25日に運転された、A-12編成による「くらしき ひまわり号 フレンドシップトレイン」をUPします。
まだ1年が経ちませんが、岡山駅に115系がウジャウジャといて、少し懐かしく感じてしまいます。
去る2月21日に、岡山駅経由で倉敷へ行ったのですが、115系の壊滅ぶりは衝撃的でした。
もっとチラホラと姿を見かけると思っていたのですが、来る電車はほぼほぼ227系 Urara です。
たまに違う電車が現れると213系•••••••,そんな現状でした。
とは言いましたが、想像以下ではあったものの、115系も全く姿が見られない訳でもなく。
JR西日本が全廃を公表しているのですから、そりゃ絶滅は確実なのですが、今の状況はそんなイメージでした。
朝夕のラッシュ帯には、かなり目撃または乗車できる確率は、高いようなものの。
3月のダイヤ改正でG編成が全廃すると、CR - IAとハッキリ言って構わないでしょう。
115系はJRグループでは保存される様子は無いようで、長野県千曲市の「万葉超音波温泉」の、クハ115-1106が唯一の保存・展示となるのかも知れません。
今の若い人たちが、例えば51系電車と言われてピンと来ないのと同じく、将来は115系電車って何?な時代が•••••••。
そんな時代も、そう遠くない未来です。
まぁその頃には、私はもう天命を全うしてますけどね(笑)
さて、臨時列車「ひまわり」号はA-12編成ですが、その回りにもたくさんの黄色い電車が、たくさんいます。
こんな光景、もうどこでもみられませんね。
1年経っていないのに。
姫路方面に2本の留置と3番ホームを発車して行く電車がいますが、編成番号は判らないものの、全部115系です。
おいしいタイミングで、国鉄急行色のキハ47形″ノスタルジー″が、入線してくれました。
ところでこの3枚、1枚目と3枚目は続きだと思うかもしれませんが、これは上から撮った順番なので、9ヶ月前までは普通の景色だったんですよ。
A-12編成は、思いのほか長く停車してくれたので、いろいろ撮れました。
まずは4両組成の車両ナンバーを撮ってみます。
姫路方から クハ115-1083 + モハ115-1115 + モハ114-1199 + クハ115-1082 で、先ほど入線してきた、ノスタルジー編成が窓の向こうで いい仕事をしてくれています。
そして三原方面を見ると4番ホームには115系 A-04編成と、6番ホームには113系 B-18編成がいます。
この編成は広島が227系 RedWing で統一された際に、岡山へ転属された6本の中の1本です。
113系は昨年10月に全てが運用を終了しましたので、最期の輝きだった頃でした。
写真のB-18編成は10月13日に、下関 幡生へ廃車回送されています。
願いは115系 A-04編成と、113系 B-18編成の間を、A-15編成が入庫して行って欲しかったと(笑)
113系が発車した後、まだしばらく止まっていて、ゆっくりと入庫して行きました。
A-04編成と A-12編成の、115系同士の並びにはなったので、そこは″これで由″としなければいけませんよね。
さて今日の主役のA-12編成ですが、残り少なくなった115系の一画を担って、まだ現役です。
が、A-04編成は先日、2月12日に廃車回送されました。
現在残るA編成は、06、07、12、14、16、17の6本となっています。
本当にもう、絶滅危機の形式です。
2026.2.24
— 山陽線民 (@SanyoLinePeople) February 24, 2026
山陽本線 広島駅にて
幡生入場(廃車)回送
回8345M 115系 A-15 pic.twitter.com/HO8OYQ32Gc
去る2月24日、西広島駅を115系が通過して行くのを目撃しました。
また1つ解体されに自力で走って行くのかぁ、と、見送ったのですけれど、ユーチューブとXで投稿がありましたので、貼らせて頂きました。
廃車回送されたのはダブルパンタ搭載の A-15編成だったようで、この車両の廃車によってA編成は残数6本となった次第です。
残る岡山の115系はD編成が 03、06、08、09、11、12、15、17、18、19、21の11本。
G編成が01、02、03、04、05、06、07、08の8本全編成ですが、残り約2週間で全車引退で、行き先は幡生ではなく後藤だとの噂です。
ダイヤ改正以降は、A編成とD編成で17本残る計算ですが、検査期限切れで順次廃車を迎えるので、それ以前に編成数が減る場合もあります。
ただ115系の運用としては、他エリアでの運行があるとのことで、ダイヤ改正後もAD編成は存続するそうですが、撮れるなら、乗れるなら、今の内なことは確かです。
今は備讃線 = 瀬戸大橋線で結ばれていますが、かつては鉄道連絡船で結ばれていました。
特急うずしお、特急瀬戸など、宇高連絡船で四国と結ぶ優等列車も懐かしいですが、80系電車なき後は、113系・115系が主力で走っていました。
そんな宇高連絡船ですが、1988(昭和63)年4月に廃止となり、瀬戸大橋線が開業しました。
その宇高連絡船が運行開始したのが、77年前の昨日でした。
1949(昭和24)年2月28日のニュース映像が、NHK-ONEで公開されているので、リンクを貼らせて頂きました。
これがきっかけで、山陽新幹線開業前に特急おきが伯備線初の特急列車となり、新幹線開業後は特急やくもと改名されて、現在へつながります。
東京や大阪から優等列車の運転も始まり、それが今の寝台特急サンライズ瀬戸へとつながります。
ところで、残存115系の他エリアって•••••••,どこ?






















