芸備線を完乗しました -③ / 芸備線と持続不能の日本 番外編
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と、優しく理解することができます。
第4章 -①
JRは何故 廃線ありきなのか
連載3回目です。
それではこれより、何が立ちはだかるのかを記していく予定ではあります。
しかし、そもそも私は政治的な活動はしていないので、第1回で述べた通り深く斬り込むことは適いません。
「平和記念日と世界史」では、核兵器を取り扱う上で関連する政治情勢を語ることはありますが、そこが限界です。
ですが、「平和記念日と世界史」で語るレベルであれば、芸備線の問題も同じクオリティで筆を進められるような気がします。
少し物足りない内容となるやも分かりませんが、歴史家が語る政治的発言(笑)をドキドキしながら、進め始めようと思います。
それと番外編以前の本編で、最終回を迎えてもいないのに放置されている、伏線と回収の″回収″もやっていきたいと考えています。
どうぞ宜しくお願いします(爆)
自民党が単独政権を失って以来、民主党政権時代を除いて、国土交通大臣はずっと公明党議員が独占していました。
国土交通省は、それまで運輸省と建設省と別々に存在していた省を、中央省庁再編にて北海道開発庁、国土庁をも併せて2001(平成13)年1月6日に発足しました。
国交大臣の座に公明党が座っていたのは、2004(平成16)年9月からで、現在の公明党常任役員会代表 = 党首は斉藤鉄夫氏ですが。
山口那津男党首時代に安倍晋三故総理との党首会談で、「これまで通りで」と閣僚枠1人と国交相の継続を求め、その後も暗黙の了解で継続されてきました。
国交省とは、国土の総合的な利用・開発・保全、社会資本(道路、鉄道、港湾など)の整備、交通政策の推進、気象業務、海上の安全確保など、人々の暮らしと経済、そして国土全体の基盤を支えるために存在する省庁です。
① 道路、鉄道、住宅、港湾、空港などの社会資本を整備し、人々の生活を支える物理的な基盤を形する。
② 地震や台風などの自然災害への対策、交通安全の確保、気象情報の提供などを行い、国民の命と暮らしの安全と安心を守る。
② 地震や台風などの自然災害への対策、交通安全の確保、気象情報の提供などを行い、国民の命と暮らしの安全と安心を守る。
③ 人や物の流れをスムーズにする交通網を整備し、経済活動の活力を維持・発展させつつ、観光立国の実現に向けた施策を進める。
④ 限られた国土を有効に利用するための計画を立て、自然環境や地球温暖化防止にも取り組む。
⑤ 日本の国土交通行政全体を総合的に推進することで、より質の高い行政サービスを提供する。
しかし2001年当時は建設省派閥と運輸省派閥に事実上分断しており、旧建設省組は建設業界そして自民党と癒着状態にありました。
建設業界と自民党の蜜月に対して、そこへメスを入れたのが「自民党をぶっ壊す」と言って誕生した小泉純一郎元総理による政権です。
道路族と呼ばれる利権集団の代表だった橋本龍太郎元首相を破っての政権誕生で、郵政民営化の影に隠れて忘れられていますが。
真っ先に着手、そして是正したのが道路特定財源などの、税金の流れの不透明になるブラックボックスでした。
これにより国交省の予算は激減してしまいましたが、それでも道路や土木の工事の他にダムや港湾、不動産や航空など。
国交省が所管する業界は幅広く、地方の知事や首長からの陳情は引きも切らない状態で、地元の陳情を受ける政治家から国交省への口利きは無くなりません。
建設業界は就業者が全国に約400万人がいると言われ、今でも選挙の時は、業界一丸となって票とカネを動かす動員力があります。
公明党にとってはまさにこれが至宝で、業界へ「選挙区では自民に、比例区では公明に」と投票を呼びかけられる呪文となります。
公明党は創価学会など支持組織による票と、国交省による票とがまとまり、その票田を仕切ることで自民党へ意見を通せる力を発揮できました。
すなわち「公明党の票で自民党議員が当選している」との、錯覚によってスポンサーの意向に不都合な政策を、骨抜きにできていた訳です。
複数の大臣ポストへ就くよりも、国交大臣1つあれば与党内で力を発揮できたと言うことです。
前回の総裁選では保守派の高市早苗氏が総裁に就くなら、公明党は連立を離脱すると党内干渉し、左派の石破茂氏を総裁へ据える工作を行いました。
しかし今回はその揺さぶりも効果がなく、保守派の総裁が誕生し、高市政権が発足してしまったので、スポンサーの意向に従えなくなった公明党は、離脱の道を選んだという現状です。
自民党の公式党名は自由民主党ですが、これは自由党と民主党が合併したことで誕生した政党でした。
しかし同じ保守派でありながらも右派と左派、そしてタカ派とハト派の差が著しい政党となってしまいました。
基本、タカ派かハト派かは関係なく、左派は国土開発には興味を示さない議員が多く、国鉄分割民営化も元海軍将校だった中曽根康弘総裁だったからこそ、強行できた構造改革でした。
そして国交大臣の椅子が自民党へ返ってきたのは、高市政権が発足したことにより、16年ぷりのこととなりました。
しかし16年の年月は、あまりにも長かったのです。
第4章 -②
JR西日本の思惑の根底
この16年の間、日本国内では災害発生が続き、復興のための予算編成やプロジェクトの構築などで、国交省と他の省庁との連携が、スムーズだったとは言えない状態でもありました。
民主党政権はいろいろな内政・外交で問題を起こして国民の信任を失い、政権喪失後は国民民主党と立憲民主党へと分裂してしまう始末でしたが。
唯一、東日本大震災で公明党が国交大臣を独占する以前に、復興の道しるべを構築したことは、評価に価するのかも知れません。
それは能登半島地震の現状を見れば明らかに感じます。
そんな政権与党の状態で、各省庁も路頭を混迷するかのような中、国交省の管轄業界では特に省庁だけでは判断できない事態には、釈然としない対応がとられていました。
そのような状況下で起きたのが、JR西日本による不採算路線の公表で、JR東日本もローカル線の廃止を前提とした、経営のあり方に舵を切ります。
今年、呉線は開業90周年を迎えるにあたり、広~三原間の不採算路線について、広島県及び沿線自治体と協議したい趣旨を発表しました。
日本一の赤字路線は大糸線のJR西日本管轄区間(現在はJR東日本の久留里線・久留里~上総亀山間)であるものの、なぜ芸備線を先に分断したいのかを考察してみると。
まずは新見(備中神代)~備後庄原間を廃線にすれば、次は必然的に木次線を区間廃止に追い込めて。
その後様子を見て備後庄原~三次間を廃線にして、福塩線を区間廃止へ追い込むと言う戦略が濃厚と読めます。
しかしJR西日本が本当にそうしたいのか?と、もっと他の要素を含めて検分すると、やはり運転士の確保が最大の難関であることが見てとれます。
それに路線など設備の維持に関しても、路盤や道床の他、山肌のガケなどの崩壊・崩落が、経費の予算を遥かに超える負担となっています。
そしてその次が、道床の喪失やガケ崩れによる、乗務員の安全そして乗客の命を守る責務を全うできない可能性です。
さらに国鉄分割民営化後の、政府による無関心は経営を圧迫するばかりで、ならば35km/hなど速度規制をかけざるを得ない路線を、廃止にしてしまいたいと考えるのは自然な流れだと考えられます。
列車が走る線路とその設備を守るのは鉄道会社の責任ですが、安全に国民を往来させる責任は国交省にあります。
しかし国交省として何の責任も果たしたくない現状では、再構築協議会はJR西日本の思惑通りに廃線ありきで話しは進みます。
これがかつての本編で記した、例え日本一の黒字路線になったとしても、廃線にしたいと考える真理のようです。
なので、これが前回の最後で語った″立ちはだかるもの″の正体です。
-次週へつづく-
私がキハ120系 庄原ライナーへ乗ったのは、紅葉が始まったばかりの11月8日でしたが、例祭は1週間後の毎年11月16日に行われます。
獅子起し という神楽が奉納されますが、列車の乗降がほぼ無いほどの人口となった集落で、こういった日に多くの人が•••••••。
芸備線に乗って、純粋に参拝へ訪れるのは、いいことなのかも知れません。
ただ、あくまでも地元の方々の氏神さまの神事です。
もし訪れてみるのから、聖なる伝統行事を穢さないよう、礼儀と礼節をわきまえた言動は必要なので、トラブルを起こさないように気をつけて欲しく思います。
では、岡山県新見市へ向かって また続きます。
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| ーご了承事項と免責事項ー 〇 芸備線と持続不能の日本は、第1回からの連載となっており、旧 芸備線と維持困難路線より引き継いでいます。 〇 以前の記事を前提として記して行くので、特にスポットを当てた回でない限り、同じ解説を本文内では致しません。 〇 ローカル線が使い辛いのと鉄道の優位性が発揮できないのは鉄道会社の責任で、沿線都市へ人が訪れない原因は、受け入れ態勢が脆弱な各自治体の責任です。 〇 人口減少と山間都市の過疎化は国政の責任で、諸問題を先送りにして国鉄分割民営化を強行させたのは国民の責任です。 〇 公共交通の提供は日本国憲法と交通政策基本法に定める基本的人権の1つであり、安易に国民の権利を奪うことは許されません。 〇 街の活性化は住民と来訪者の両輪が必須で、そのためにはインフラ・ビジネス・エンターテイメントの3要素に、恒久性が欠けては成立しません。 〇 上記を基本原則として、中立的に私一個人の思いを綴っていますことを、ご理解とご了承のお願いを致します。 〇 №19までは″機動車″のテーマで投稿してきましたが、№20以降は日本史のテーマへ変更しました。 |






























