8.6事前警備と被爆者の現状
(ーーこの記事は ジオシティーズ″つばさワールド″ から転載したものですーー)
| 被爆2世が語る平和記念日と世界史シリーズ |
平和記念式典の会場準備が着々と進む。
毎日が気温36℃以上をマークしてながらも湿度も60%を下らない。
が、被爆から57年目の今年、ヒロシマ継承の試みが新たに3つ加わった。
1つは昨日言った国立追悼祈念館。
遺影コーナーには今日現在で3798人の遺影が公開されている。
そしてこの数はこれからも増えて行く。
2つ目は、被爆で消えた町→猿楽町の3次元CGによる復元。
3つ目は被爆の実情を世界に発信するため、広島市が若手ジャーナリスト2人を招いた「 ヒロシマ講座」だ。
その講座に参加された1人・平良吉弥さんは、沖縄タイムスの新聞記者で27歳。
中国新聞によるとこの平良さんは「沖縄戦の記憶も風化しつつある。ヒロシマの若い世代の動きを取材してみたい」のだとか。
平良さんはこの1週間、被爆者の証言や研究者と地元ジャーナリストらの話を聴き、原爆資料館を見て回ったらしい。
「アジアを始め世界の人たちと交流し論議する場が広島にはある。お互いをよく知るコトで歩み寄り、伝えるコトができる。広島は決して風化していない」と、意を強くしたと言う。
初めて参加する8.6では、式典はもちろん、式典に参加しないで夜明け前に祈る被爆者らも取材する予定らしい。
平良さんは、生の広島を体験するコトで新たな沖縄が見えて来ると確信を持っておられる。
しかし、広島にも問題が無い訳ではない。
原爆で一体、何人が犠牲になり、今も苦しんでいるか。。。
死没者は20数万人と言うが、実数は定かではない。
日本人のみならず、韓国や北朝鮮、中国の他に捕虜として広島へ在留していた欧米人などの、諸外国人も想像を絶するであろう数の被爆者がいる。
国内では生存者は広島・長崎を合わせて全国で約18万人で、広島市内には約半数弱が住んでいる。
しかしこの数は被爆者健康手帳の所持者で、核攻撃による被爆者の全ての人ではない。
手帳の申請はいまだに続いている。が、その数は本年度広島市内だけで169人。
証人が見付からないために手続きが行えない人も多い。
今年4月以降で89人に手帳が交付されたが、過去からの申請800件以上の審査に被爆非体験世代の職員が苦闘中だとか。
実証は年々難しくなるのに、なぜもっと早く申請しないのだろうか?
市の調査では、退職して健康保険が効かなくなった、病気になった、などの理由の他に被差別が嫌で"被爆を知られたくなかった"が1番多い。
今夏、手帳を手にした老人も、子どもの独立と神戸からの帰郷で踏ん切りが付いたと漏らしたと言う。
差別を恐れる風潮は、被爆地外ではなおさらであろう。
57年もすでに経つのに、いまだに交付事務が続く所以である。
落ちこぼれない援護は、埋もれた原爆被爆者の発掘・記録の意味を持つ。
5000人と言われる在外被爆者も、実は手帳が与えられた「被爆者」ではない。
手帳の海外適用は、被害の全体像を掴む上でかかせないのだが。。。
被爆の根の深さ、残虐さを世界に知らせる力も高まるのではないか?とも感じられるが、国は在外被爆者と外国人被爆者には被爆者援護を行うつもりはない。
核実験などの被害者も今、広島を訪れている。
被爆者の援護は、世界のヒバクシャの把握と救済と核廃絶へとつながる道であるのに。
2002/8/3(Sat)AgMo=23.7
【アメブロの初記事は2007年3月30日です】
☆被爆2世が語る平和記念日と世界史☆
May the world be filled with peace and happiness.
(世界が平和と幸福で満たされますように)
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