私たちは、
何度も何度も、
脳内で再生ボタンを押している。

 

 


こんにちは。

 

もっと楽に、幸せに。

パートナーシップカウンセラー 

真中美和です。

 

 

サムネイル
 

真中美和(Miwa Manaka)

  • 大人女子(主に30代〜50代)向けパートナーシップカウンセラー
  • 5,000人以上の相談実績(たまに鬼軍曹w)
  • 48歳シングルマザー
  • お付き合い歴10年・遠距離の年上彼(通称ダーリン)と”無期限婚約”中

⚫︎プロフィールはこちら

⚫︎パートナーシップメニューはこちら

 

 

先にお知らせを。

昨晩受付開始したこちらのCafe会ですが

お申し込みいただき受付終了しています。

(なんと、関東から大阪まで、私に会うために遠征してきてくださるらしいラブ感激過ぎる♡)

 

 

 

 

そして、

先日のこちらで回答させていただいた

ご質問主さんから、お礼をいただきました。

 

 

 

 

 美和の回答 

受け取ってもらえてよかったよー^ ^

優しい人に囲まれているあなたは、きっと優しい人です。

これからは、自分にも優しく生きていこうね。応援してる!

 

 

 

 

きっと、他にもたくさん、

辛い過去の記憶に

今も苦しめられている人がいると思うんだけどね、

 

 

 

今日も誌面カウンセリングとして、

こういう過去の記憶と

どう付き合っていけばいいのか?について

書いてみようと思います。

 

 

 

今、スケジュールがいっぱいで、

新規のセッションは受付できていないので

ぜひこれを読んで、

セルフカウンセリングしてもらえたら嬉しい。

 

 

記憶を捏造⁉️

 

先日、キングコング西野亮廣さんのFBで

こんな投稿があって、

「あぁ、、、チーン」って思ったのだけど、

 

 

とあるライターさんがキングコング西野と松村邦洋さんのテレビのやりとりを記事にされていて、そこで「キングコング西野」を貶める内容を書かれていたんですね。

台詞のやりとりまで鮮明に書かれていたのですが、そんな台詞を言った覚えもないし、そもそもそんな番組に出た覚えもないんです。

 

 

ですが、「ここまで鮮明に書かれているということは、もしかすると僕が忘れているだけかもしれない」と思って、その番組の過去放送を全て調べたら、なんと、西野と松村邦洋さんが共演した回は一度も無かったんです。

 

 

つまり、全てライターさんの創作だったわけですが、弁護士を通じて「もろもろ対応させていただきます」という文書をお送りしたところ、そのライターさんは、本当にそんなやりとりを見た覚えがあったんですって。

色々と調べたら、その番組で過去に「アンジャッシュ渡部さんの部屋」を取り上げていて、そこで、ライターさんが創作した「西野と松村邦洋さんのやりとり」に近いやりとりが展開されていました。

 

 

おそらく、渡部さんの話をベースに記憶を無意識のうちに改ざんしてしまい、その改ざんされた記憶を、「本当の記憶」として定着してしまっていた。

これって、メチャクチャ怖い話ですよね。

完全なるデマを作られてしまった上に、デマを作った本人は、それがデマだとは思っておらず「実際にあったこと」と思っている…という。

 

 

これは、このライターさんに限らず、

基本的にみんな、

少なからずやっちまってること

なんだよね笑い泣き笑い泣き笑い泣き

 

 

 

これは、

私がカウンセリングを学んだ心屋では、

「記憶は700%嘘」

って言ったりするのだけど笑い泣き

 

 

 

自分には真実としか思えないあれもこれも

「自分の脳」という個別のフィルターを通して

認識・記憶している時点で、

それは事実とはズレているんだよ。

 

 

 
そんなはずはない‼️
って思いたくなるのは当然で、
 
 
 
だって確かに自分の記憶においては、
鮮明に覚えていたりするし、
 
 
 
辛い・悲しい記憶なんかは特に、
あれを”なかったこと”なんかにされたら、
あんなに辛かった自分が
あまりに可哀想過ぎる。
 
 
 
そう感じるのは、もっともなんだよ。
 
 
 
だ・け・ど・ね、
 
 
記憶ってさ、
もう自分の頭の中にしかないんだよね笑い泣き
 
 
 
これは、インドの「6人の盲人と象」
という寓話でも似たような話があるけれども、
 

ある日、6人の盲人が象を触って

その正体を突きとめようとしました。

 

1人目は象の鼻に触り、

「象とは蛇のようなものだ」と言い、

 

2人目は象の耳に触り、

「象とはうちわのようなものだ」と言い、

 

3人目は象の足に触り、

「象とは木の幹のようなものだ」と言い、

 

4人目は象の胴体に触り、

「象とは壁のようなものだ」と言い、

 

5人目は象のしっぽに触り

「象とはロープのようなものだ」と言い、

 

6人目は象の牙に触り、

「象とは槍のようなものだ」と言い、

 

それから6人の盲人たちは長いこと言い争い、

それぞれが自分の意見を譲りませんでした。

 
 
みんな、間違ってはいない。
一人一人にとっては、
それが紛れもなく「象」の真実なんだもん。
 
 
 
だけど、それは、
その人が触れることができた、
「象」の一部分であって、全てじゃない。
 
 
同じことだよ。
 
 
 
お母さんに○○と言われた、
お父さんに〜された、
友達に○○と言われた、
彼に〜してもらえなかった、
 
 
 
それは、私たちが体験し、認識できた
ほんの一部分であって、
全てじゃない。
 
 
 
円錐を横から見れば、三角だけど、
底辺から見れば、丸であるように、
 
 
 
私たちには「三角」にしか見えなかった
あれもこれも、
相手からすれば「丸」のつもりだった
のかもしれないんだよ。
 
 
 
だけど、
紛れもなく私たちには
「三角」だとしか思えなかったし、
それがあたかも「事実」であるかのように
感じられるだけ、なんだよね。
 
 
 

記憶なんて700%嘘だと思えばいい。

 

 
そして、人は、
自分の見たいように、
世界を見ている。
 
 
 
「見たいように」というのは、
意図する・しないに関わらず、
「自分の都合(感じたい感情・信じていること)に合うように」
ということです。
 
 
 
以前にも書いていたけれども、

私たちは、

自分が信じているように

世界を見ているし、

 

 

 

その信じていることと

辻褄が合うこと(証拠)を探して

確認しながら生きている。

(脳は辻褄が合わないことを嫌うから)

 

 
(略)
 
 

一時が万事、

何が起こっているか(事実)と、

自分にとって何が起こってるか(真実)

人によって全然違うのよ。

 
 
 

何がこの違いを生んでいるか?

と言えば、

 

 

 

自分がこの世界を

どういう世界だと信じているか?

 

 

 

自分がどういう扱いをされるのが

相応しい存在だと信じているか?

 

 

 

ただ、それだけのこと、なんだよ。

 
 
たとえば先日の、
「親が不仲だったせいで、
私がいなければよかったんだ」と
思ってしまった彼女で言えば、

 

(よかったら読んで戻ってきてね)

 

 

 

仮に母親から「あなたが生まれたから、

お父さんと離婚できなかった」

と言われたのが、仮に事実だったとしても、

 

 

 

母親は

「この子がいなければよかった」と

思っていたのか?と言うと、

おそらくそうではなかったはずだし、

 

 

 

もし仮に、本当に

「子どもを授からなければよかった」

と思っていたとしても!

それは「この子に非がある」という意味ではない。

 

 

 

だけど、彼女の脳内では、

「私はいなければよかったんだ」

ということが、さも事実かのように
記憶されているわけだよゲロー
だってそれが彼女の真実だから。
 
 
 
だから、
過去の出来事の事実の中に、
「私はいなければよかったんだ」
という証拠をたくさん作り出す。
 
 
 
あのときも〜してくれなかった。
あのときも○○って言われた。
 
 
 
だって、その方が辻褄が合う。
だって、その方が、
私が深く傷ついた気持ちと合致する。
 
 
 
でも本当は、一方で、きっと
お母さんから優しい微笑みを向けられた、
という事実もあるし、
風邪を引いたときには看病してくれた、
という「愛されていた」事実もあるはず。
 
 
 
少なくとも、彼女が死なないように、
衣食住を整えてくれていたり、
学校に行かせてくれたり、
そんな「元気でいてほしい」って思われていた
事実があるはずなんだよ。
 
 
 
だけど、彼女の記憶の中で、
それは重要な事項ではないから薄れていく。
だって、それじゃ「あんなに悲しかった」
自分の真実と辻褄が合わないからゲロー
 
 
 
 
そして、人はね、
自分にとって大事な記憶だと思うものは
何度も何度も、
脳内で再生ボタンを押す。
 
 
 
あんなこと言われた、
あんなことされた、
あれもしてくれなかった、、、
 
 
 
そうやって再生ボタンを押す度に、
そこに小さな脚色が加わっていく。
 
 
 
伝言ゲームをやると、
数人を経る間に、少しずつ形を変えて
まったく違う言葉に変わってしまう
なんてことが頻繁に起こるように、
(ほんと、びっくりするくらい変わっちゃうよね?笑)
 
 
 
何度も反芻しているうちに、
悲しかった、
辛かった、
寂しかった、、、
 
 
 
そんな自分の傷ついた気持ちと、
より辻褄が合うように、
どんどん「自分だけの真実
捏造していってしまう笑い泣き
 
 
 
同じ親に育てられても、
兄弟で記憶が違っているなんてことが
簡単に起こるのも、そういうこと。
 
 
 
みんな、自分の心のフィルターを通して、
自分が見たいように、世界を見て、
自分が覚えておきたいように、記憶する。

 
 
だからね、
もう、過去の記憶なんて、
ある意味どーでもいいのよ(笑)
 
 
 
過去の記憶に
あなたが苦しめられているのなら、
「記憶なんて700%嘘」なんだと思えばいい。
 
 
 
象を蛇のように恐ろしいものだと
勘違いしちゃっただけなんだもん。
 
 
 
だからね、
今、この瞬間、
自分が何を信じて生きるのか?を
自由に選んで生きればいいだけ、
なんだよ。
 
 
私は愛されない、を信じてもいいし、
私は愛される、を信じてもいい。
 
 
 
私は嫌われる、を信じてもいいし、
私は好かれちゃう、を信じてもいい。
 
 
 
私は迷惑かけたら嫌われる、を信じてもいいし
私は迷惑かけるほど愛される、を信じてもいい。
 
 
 
あなたは、これから、
何を信じて生きていきたい?
 
 
 
自由に選んでいいんだよ照れ
 
 
 
 
(おまけ)
 
先週月曜から出張で滞在中のダーリン、
いつもなら週に1〜2日は、
会社の人と飲み会や会食が入るのだけど
今回は珍しく毎日まっすぐ帰宅してくれて
一緒にご飯が食べられています。
 
 
 
この土日は、彼は自宅の用事があって、
日中は不在なのだけど、
帰宅した彼とその日の出来事を話したり、
とりとめもなく雑談したり、
そんな何気ない日常がとっても愛おしい照れ
 
 
 
大好きな人が、
私に優しい眼差しを向けてくれて、
話しかければ、真摯に耳を傾けてくれて、
指が触れれば手を握ってくれて、
体を寄せれば抱きしめてくれて、
人として、女性として、
私を大切に思ってくれていることが
あらゆる瞬間に感じられる幸せを
味わって生きています。
 
 
 
ずっと「私は女(の子)として愛されない」
と思って生きてきた私が、
こんなに毎日、毎日、
彼からの愛をいっぱい受け取って
生きられるようになったのも、
 
 
 
長年信じていた悪夢から目を覚まし、
過去の記憶は、ただの過去として、
自分が信じたいもの=「私は愛される」を
信じて生き始めたからです。
 
 
 
幸せに生きるためには、
ただ「自分が何を信じて生きるか?」という、
本当にシンプルなこと、だったんだよ。
 
 
 
一緒に、もっと簡単に
「幸せに生きる」を始めよう。
 
 
 
▼幸せに生きる方法を丸ごと習得できる
90日間の音声プログラム。
4月スタート分、受付中です‼️
 
▼1ヶ月のZoom講座は、
5月分の日程公開中です。
 
 
これ、ぜひ読んでみてね。
今の苦しい世界から、こうすれば抜けられる‼️

 


 

 

▼登録特典プレゼント中

1,700人以上が登録中!
登録者限定の感謝企画もするよ♪ぜひご登録ください♡

 

 

▼匿名質問募集中


 

 

もっと楽に、幸せに。

悩んでる場合じゃないよ♪

今すぐ、幸せになろーぜ♡


  

リブログ、シェアしてくれると喜びます♡

 

 個人セッション・講座 

 

 人気記事まとめ(勝手に総集編) 

 

 セッション・講座のご感想