おはようございます!

 

恋愛のご相談はよく受けます。女性の方がやっぱり多いですけどね。

 

60年代生まれで日本で生まれて育った私には女の子だから、というそんな言葉がいつもつきまとっていました。

 

23歳くらいになったら結婚して専業主婦になり子供を持つ。そんなところまでで想像は終わっていました。

 

20代後半でOLを経て結婚した時も同じような感じでしたし、周りでもまだ女性で一生仕事を続けていく人というのは本当にいなかったですね。

 

なので一生の仕事ということを考えないで30代の半ばまで来た人生だったと言えます。

 

突如としてアメリカで生きる上で一生の仕事を考えた時に非常に戸惑った覚えがあります。このあたりの事は著作本、成功の法則ー幸せになるには(文芸社)にも書きましたので興味がありましたら是非読んでくださいね!ネットの本屋さんで買えます!

 

そんな時代を経て再び独身となり今までのどの時代よりも自分の仕事や生きがいを考えるようになった今日この頃です。

 

そして恋愛に関しても本当に価値観が変わりました。若い時はやっぱり子供を持つという事が前提にあったので収入や父親としてふさわしい人かなどが恋愛の時の条件に知らず知らずのうちに入っていたと思いますね。

 

そしてアメリカに暮らしていてもやっぱり夫の収入が主であり自分の仕事などにはあまり重きを置いていなかった日々でした。

 

また独身になり恋愛についても色々な事を学びます。だから独身になったことに感謝する日々です。

 

そして思います。

 

相手がいてもいなくても自分は自分。自分の立ち位置は自分一人の時とパートナーがいる時と同じであるべきだと思います。

 

でもこれが難しいのですね。恋愛をするとこの自分の立ち位置があやふやになり相手中心の生活になりがちです。そしてそれは良い意味での自分の独立を妨げかねません。バランスの問題ですね。

 

愛がある生活は素晴らしいですがそれがないと嫌だとか自分が完成しないような感じがする、とか思うのはまた問題だと思いますね。

 

セッションにいらっしゃるうら若き女性たちにもご相談を受け、そして自分自身も恋愛を経験して精神的、そして社会的、経済的な独立が本当に女性の自立に大切だと思う日々です。

 

それがこのwant と needの話です。厳密に言えば、必要というのはそれがないと生きられないということです。水や食料やそれがないと生きられるものは必要不可欠ですよね。空気もそうです。

 

でもそれが欲しいというのはそれがなくても生きられるけどそれがやっぱり欲しいと言うことですよね。

 

山田詠美先生の小説に出てくる。パンではなくケーキだという話です。そうです。パートナーはパンではなくケーキであるべきだと思います。

 

もし彼がパンだと思うとそれは辛い日々です。ないと生きていけません。パンのご機嫌が斜めなだけでそれは憂鬱な日々です。どうしてパンのご機嫌は悪いのか、自分のせいかもしれないと真剣に悩み、二度と自分を振り返ってもらえないと思うと死活問題なのです。

 

だって彼はパンなのですから。。

 

でも時々食べるケーキならどうでしょう。ご馳走です。そして素敵なデザートなのです。でも必要ではないですね。だってパンではないです。

 

ケーキのご機嫌が悪く来てもらえない日があっても今日はデザートなしで良いか、と思います。

 

この場合はパンは自分のやりがいや仕事、そして自分の家族や他の愛する人なのです。

 

純粋に愛することと依存は違います。

 

 

素晴らしい1日を!!