老眼になって、数年が経つ。


コンタクトを入れたままだと、

近くのスマホの文字が読めない。


コンタクトを外して、

裸眼になると観えるんだけど。



黒板の文字が読めなくなったのは中1くらい。

「遠くが見えない」という近視である。

そこから、遠くを見るために、

メガネとコンタクトを着けている。


そして40才くらいから、

「近くが見えない」という老眼になった。


てことは、だ。



近くも、遠くも、見えてないっぽい俺は、

いったい、どこが見えているのだろうか?




毛様筋の仕組み上、

目は必ずどこかにピントが合ってるはず。





俺は、いったいどこを見てるんだろう?

ぴったりピントが合ってる場所はどこなんだろう。


そう考えると、

遠くの公園の人の顔は見えない。

近すぎるスマホは(近視のメガネのままだと)見えない。

ちょうど、手を伸ばしたくらいの距離。

40cmくらい先。


いわゆる、

大切な人とのパーソナルスペースの距離


パーソナルスペース
家族や恋人(0〜45cm)
友人・知人(45〜120cm)
仕事などの社会的な関係(1.2〜3.6m)
公式な場での距離(3.6m以上)



そこだけに、ピントが合ってる気がする。





これは、進化なのかもしれない。

遠い未来の事は、もう考える必要も無い年齢になり、

近くの本から、「情報」を集める必要もなくなり。


大切な人の顔にだけ・・・、

しかも、かなりの近距離(45cm)において。


その人の表情だけ観えていれば、

晩年は生きていける・・・、

そう生物進化においての判断が下ったのだろう。



【ニンゲン族ニンゲン科】
晩年は一番近くの大切な人を
死ぬほど近い距離で
相手の顔色さえ伺えば生きていける種別
そのように飼育してみよう。






いやそれにしても、

近視で遠視って、どんな状態じゃい!


※まだ裸眼ならぜんぜん近くも見えるので
「晩年」ではないっぽいです。

あなたはどうですか?

 


 

 


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▼この記事を書いた人 Writer's Info

さとうみつろう

日本の作家・ミュージシャン。大学1の長男コクトウ君、中3の長女ザラメちゃん、小2の次女ミリンちゃんの3児のパパ。石垣島で生まれ中学は大分県、大学は北海道。社会を変えるためには「1人1人の意識の変革」が必要だと痛感し、大手エネルギー企業から独立。本の執筆や楽曲の発表を本格化し、初の著書がシリーズ累計30万部のメガヒットを記録。10代の若者を中心に多くの支持を集める。ところ…

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