最近、「あ、いいこと考えた!」って頭に浮かんだことが、
すぐに思い出せなくなる。
昔の人は、電話番号を10個以上覚えていた。
ガラケーが出て来て、電話番号を覚えている人は消えた。
「便利」を1つ手に入れるたびに、
「能力」を1つ失う。
これは進化の大原則だ。
氷河期に合わせて体毛が濃ゆくなった時に
「便利な洋服」を手に入れて、
体温を上げる「能力」を1つ失った。
昔は、何世代かに分けて、
「便利機能の獲得と、能力の喪失」を行なってきたのだろうけど、
最近は1世代の中で行なわれる。
スマホが出て、
「電話番号を覚えること」は外部化された。
AIが出て来て
「考えること」も外部化されつつある。
もうすぐ
「決めること」も外部化されるだろう。
何も覚えず、何も考えず、何も決めないで良い。
全てを「外部化」してしまって、残るのは何だろう。
昔のブログに書いたけど、
そのうちAIに「体験」も外部化してもらうかもしれない。
「めんどくさいから、山に登っておいて」
「めんどくさいから、友達と遊んで来て」
残るのは、何だろうか。
「覚えること」を「SDカード」で外部化。
「考えること」を「チャッピー」で外部化。
「自分で決める」を「クロード」で外部化。
「遊ぶこと」を「フィジカルAI(ロボット)」で外部化。
「体験」も「コピーロボット」で外部化。

それでも、何かは残るはずだ。
「私という感覚」くらいだろうか。
いや、痛みを怖れて、麻酔薬が出来たのだから、
「感覚」もぜんぶ外部化されるかもしれない。
「 I 」だけかな、残るのは。
「主体たる[ I ]」以外は、全てが客体になるのだろうか。
Iさえも外部化されて、全てが「客体」となり、
結局ビックバンの前の「特異点=すべてなるモノ」に戻るのかな。

大切なモノから、外部化をやめよう。
「料理は任せても、「食べる」だけは自分でしたい」とか。
「考えるは任せても、「決定」だけは自分でしたい」とか。
便利さを1つずつ捨てて行くと、
能力が1つずつ増えて行く。
↓今日は下の2つのボタンを押す祭、
「神が作ったコピーロボットが、さらにコピーロボットに全委託しそう。」と言いながら↓ポチ↓ポチ
