昨晩、凹んだ心で、なんとなく遅くまで携帯をいじってました。
昔のメールを整理したら、一昨年のことを思い出しました。
一昨年、健康だった義母に突然ガンが見つかり、
もう末期の状態で、余命半年と言われました。
想像もしていなかった事態に、主人の家族は大揺れ。
実家は九州なので、移動も大変、こちらができることはあまりない。
考えました。私にはなにができるか。
正直、義母のこと好きじゃなかった。
ダンナ氏を溺愛し、私には許せない言動の数々で何年も恨んでました。
だいぶ関係が良くなってきてたけど、素直に心配する気持ちにもなれなかった。
でも、そこで気付いた。
義母は私は眼中に無いけど、ダンナ氏と子どもが大好きだ!
じゃあ、ダンナ氏と子どもの日々を写メールで送って励まそう、と。
その日から、毎日欠かさず、日に何通も写メールを送りました。
入院してから買った義母の携帯が、容量オーバーになったほどです。
義母が喜ぶようにと、ダンナ氏や子どもたちの日々にアンテナをはり、
「元気に登園したよ」「元気に帰ってきたよ」など、当たり前のことを報告し、
たまに、「熱が出ました」と書いて、心配かけることで気力を出させたり。
義母のためでしたが、「好ましい行動に注目」の日々でした。
写メールのため当たり前に注目することで、救われていたのは私でした。
義母からもたくさんメールがきて、こちらからもたくさん励ましたり、
近況だけでなく、たくさんたくさんメールで会話しました。
そして、4ヵ月後、余命宣告より早く、義母は旅立ちました。
あんなに嫌いだった義母でしたが、悲しくて、泣いて泣いて泣きました。
義母が、最後の頃、私のことが一番好きと言っていたよと義父から聞きました。
私も、義母がいなくなって、本当に悲しかった。
闘病生活の4ヶ月間は、みんながそれぞれ誰かのことを想い、
できることをやってすごした日々でした。
深いところで共感し、いたわり、励ましあい、まさに勇気づけでした。
SMILEを受講したときに、「あ、これってあのときの私たちだ」と
思ったことを思い出しました。
今あるものがいかにもろく崩れ去るか、普通に日々を送ることが
どんなに幸せなことかを思い知った出来事でした。
今ある当たり前の幸せに自分が時々気付いていたい。
いまさらですが、お義母さん、ありがとう。
ゆーとちーがいてくれることに感謝することも忘れないようにしたい。
(って言ったことすら忘れがちだから、あえて日記にしました)